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コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第304回/レナータ・タラゴのジャケットで一喜一憂した8月[田中伊佐資]

●8月×日/音楽やオーディオが好きな方の家に行って楽しいのは、知らないレコードを聴かせてもらい、「ウハ、これ欲しい」と衝動が走ったときだ。

 いや、たとえ内容をすでにわかっていたとしても「ウハ」となることがある。その人がそれを選んだ思いみたいなものが、オーディオを通じて、また新しい音楽となって響いてくる。

 よくサブスクとかで「あなたにオススメ」みたいなものが出てくるが、あれは気持ち悪い。オレのことはいいから、あんたが薦めるものを教えてくれと言いたくなる。人格のないプログラムに叫んでも仕方ないが、音楽にのっかっている選者の気持ちが、知りたいポイントなんだけどね。

 この前、クラシック好きの方の家に取材で行ったとき、久しぶりに強く駆り立てられるレコードがあった。レナータ・タラゴの『アランフエス協奏曲』。まったく知らない作品だ。

 レナータはスペインのクラシック・ギタリストですごい美人といったことはその方に教えてもらうのだが、僕はそういった情報を頭の隅に追いやってジャケットのイラストレーションにすっかりやられていた。

 レナータをモチーフにしたと想像できる女性が木の下のベンチに座ってギターを弾いている。この作品のリリースが1958年と知り「へえー」とうなる。

 なんというモダンなセンスとタッチ。ジャケ買いなんてもんじゃない。レコード無しの「ジャケだけ買い」をしてもいい。

マニア宅で聴かせてもらったレコード。右上がレナータ・タラゴの『アランフエス協奏曲』
(写真:高橋慎一)

 ソロ・ギターで「アルハンブラの思い出」がかかった。哀愁をたっぷり含んだヨーロッパのミストがスピーカーから噴出して、こりゃますます欲しい。

 僕はロックとかジャズばっかりを聴いているが、こういうヨーロピアン・テイストのクラシックやフラメンコ、もっと民族音楽的なジャンルも含めて、アコースティック・ギターものは門外漢ではあるものの結構好きだ。

大貫妙子の1983年作『シニフィエ』

 レナータ・タラゴとはまったく異なるのだが、ふと大貫妙子が83年に出した『シニフィエ』に入っている「ルクレツィア」という曲を思い出した。これは大貫妙子が作曲しているだけで歌っていない2分にも満たないインストだ。

 ここでの主役はアコースティック・ギターで、南欧っぽい曲調がすごく好き。日差しがまぶしい石畳を歩いていくと、気紛れですっと暗い路地に入ったとたん、そこはひんやり冷たくて、急に言いようもないわびしさに襲われてしまったような、なーんか陰と陽が折り重なった風景が見えてくる(完全に根拠のない個人的なイメージ)。この曲は当時、何かテレビ番組のCMで限定的に流れていたような記憶が微かにあるが、真偽のほどは定かでない。それが事実ならもう1回観たい。

 まあ、その話はどうでもいいのだ。レナータが頭にこびりついて離れない僕は、帰宅してすぐにオークションを含めたネット通販を当たってみた。いやはや、まったくどこにもない。

 僕にとっては最後の手段であるDiscogsのマーケットプレイスを見る。ここで販売されている物量は桁外れに多いが、商品の画像がサンプルのため、しっかりと状態を確認できない。売り手の言葉を信じるしかない。最後とはそういう意味だ。幸か不幸か、スペイン原盤がここに1枚だけ出品されていた。

 コンディションはレコードがVG+、肝心のジャケットはVG。出荷元はアメリカ。同時に7000枚くらい売りに出している。おそらくプロだろう。

 じっくり探していればまた出てくるかもしれない。100ドルちょいの価格が高いのは安いのかもわからない。しかし衝動を止めることができなかった。

 それから3週間くらいしてアメリカから荷物が届いた。おそるおそる開けてみると、あのジャケットが出てきた。程度としてはリングウェアもあり、マニア氏が所持していたものよりもはるかに良くない。しかしそれは現物写真を見ていない以上、ある程度は仕方がないし、VGのグレードとしては妥当なところだろう。

 しかしながら少なからず落胆したことがあった。ジャケットの左下にGammaという英字ロゴが入っている。こんなの付いていなかったはずだ。

 ネットで調べるとすぐにわかった。Gammaとは本盤を制作したスペインHispavox社のメキシコ支社が運営するレーベルだった。つまりこれはおそらく後年再発されたメキシコ盤だった。比べるとジャケットの発色も違う。なんとなく品がない。

メキシコ盤の『アランフエス協奏曲』。ジャケットの左下にGammaのロゴが入っている
 おいおい、スペイン盤として売っていたじゃんと申し立てるのもありだろうが、こうやって海を越えてやってきたのもなにかの縁とそこはもうよしとした。

 だいたいこういう海外通販はリスクが付きものだと腹をくくっているし、返送するのは極度に面倒のため、自分に納得できる理由を見つけるようにしている。今回だったら、探してどこにもなかったから仕方ないとか。

ポール・ウィナーズのファースト・アルバム『ポール・ウィナーズ』
 そういう苦いことを振り返ると、ただ一度だけ売り手に抗議したことがあった。eBayで ポール・ウィナーズのファーストを買ったら、あろうことかレコードはセカンドの『ライド・アゲイン』だったことがあった。さすがにそれはないだろう。

 しかし販売時の写真を見なさいと回答があった。なんと出品段階で中味が違っていたのだ。ジャケットとレコードがちゃんと一致しているかどうか、ラベルの文字までちゃんと読まなかった俺が悪かったわけなんですね。ほんとにモー。

 さてレナータ・タラゴの演奏を聴いてみる。大きな救いだったのはレコードがとてもきれいだったことだ。録音はとてもいい。再発盤にありがちな薄口傾向ではなく、オリジナルっぽい深みと貫禄がある音だ。妙にずっしり重いので計ってみるとぴったり180gあった。そのことからわかるように安直に作ったのではないことがうかがわれる。

 ジャケットは自室ではなく、居間にでも飾ろうかと思う。ただ再発といっても50年くらいは経っている。日差しでまたたく間に色褪せしてしまうだろう。きちんと写真を撮って、光沢紙で出力するのがいいかもしれない。デジタルならリングウェアも簡単に消せるし。憎たらしいGammaのロゴも取れるけど、さてこれはどうするか。


(2021年9月21日更新) 第303回に戻る 第305回に進む

田中伊佐資

田中伊佐資(たなかいさし)

東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。近著は『大判 音の見える部屋 私のオーディオ人生譚』(音楽之友社)。ほか『ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壺』『ジャズと喫茶とオーディオ』『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。 Twitter 

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