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コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第305回/アキュフェーズ DP-1000/DC-1000が凄い。[鈴木裕]

 アキュフェーズの創立50周年記念モデルの弟3弾はフラッグシップのCD/SACDプレーヤーだ。セパレート構成でSACD/CDトランスポートがDP-1000D/AコンバーターがDC-1000。これを是非紹介したい。力作である。なにしろ先代のDP-950/DC-950と同じ部品はウッドキャビネットだけ。その他の全部のパーツを新規で設計しているというのだ。ものすごい労力だし、時間もお金もかかるだろう。

 まず、ディスクトランスポート。CDやSACD、データディスクを回転させて、デジタル信号を出力するというプレーヤーだけの機能だが、このDP-1000の造りを紹介してみよう。メカ好きの自分としては酒のつまみになるレベルの魅惑のメカだ。
 メカのベースにはアルミの塊から削り出した12mm厚のボトムプレートを配置。重量としては3.8kg。その上に来るのがこれまた削り出しのメカニカル・ベース。ミクロン(1000分の1mm)単位の精度での加工だという。しかも削り出しというと、アルミのギラッとした地肌を想像してしまうが、そのふたつのパーツはマットブラックで塗装されていて、写真を見ただけでは地味な存在だ。筆者の経験則では黒の顔料は制振効果が高めで音の重心を低くする方向に働くはずだ。

 で、このメカニカル・ベースの上に建立されているのが、トラバース・ホルダーとディスクトレイを出し入れするメカだ。メカニカル・ベースに対して2種類の弾性ダンパーを介して装着されている。ダンパーの素材はプチルゴム系で、素材の特性を変えることによって共振点を分散させている。トラバース・メカニズムはCDの内周に接してCDを固定。線速度一定のCDやSACDのそれぞれに要求される回転をさせたり、レーザー光を当ててデジタル信号を読み取るという、言ってみればディスクトランスポートの心臓部だが、大きなトピックはCDを回転させるモーター自体、新しい形式のものを採用している点だ。

 モーターというと、昔プラモデルに使っていたマブチモーターを分解しては中身がどうなっているか見てみたものだ(結局いじり壊してしまうのだが)。外側のケースに磁石が装着されていて、N極とS極の磁界を形成。その中にシャフトを伴ったコイルがある。そして半回転ごとにコイルに流れる電流のプラスとマイナスを逆転させ、そのために電気が流れている限り、シャフトは回り続ける。ただ、電流のプラスとマイナスを逆転させるためにコイルの端にはブラシがあって擦って導通させるという機械的な接点の必要がある。この「擦(こす)る」というのが、どうもオーディオ的には芳しくない。ひとつは多少なりとも音が出るし、電気的にもノイズを発生させてしまう。音、電気的ノイズともに低いレベルのものが開発されているのだろうが、高度なオーディオ機器になってくると、これはやはりない方がいいというのは理解しやすい。

「DP-1000のウッドキャビネットを取り外し、トレイを出したたところ」 「DC-1000のウッドキャビネットを取り外したところ」

 今回、DP-1000に採用されたのはアウターローター型のDCモーターだ。真ん中に磁石があり回転し、外側にコイルを配置。磁石には電気を供給する必要がないのでブラシが必要なくなり、擦る部分をなくせる。いいことずくめのようだが、コイルは多極化するので制御技術が要求されるのだろう。

 内部を見た時に写真的には目立つのはトレイと同じ金色のブリッジだ。メカドライブ全体を覆う大型のカバーの部分。ここ、見えないところなのに、梨子地仕上げにしてあるし、金色は硬質アルマイト処理だという(ちなみにトレイと同じ仕上げ)。また、ブリッジの奥側は遮蔽壁を設置して、風切り音を低減させている。

 その他を短くまとめておくと、電源部は信号系とメカの駆動系を分けてあったり、フレーム構造はDP-950の2ピースに対して1000ではL字型の一体型のものにしたり。ただし、電源部、メカ部、信号処理部などの間に隔壁を設けたり、基本的な配置自体は変えていない。

「DP-1000の心臓部、トラバース・メカニズム。(カタログを撮影したもの)」 「DP-1000のSACD/CDのメカ全体。キャビネットを取り外さないとゴールドのブリッジを見ることはない。(カタログを撮影したもの)」

 D/Aコンバーター、DC-1000については、まずANCCの採用についてお伝えしておこう。一種の帰還回路であり、特許も取っている。もともとは信号を電圧に戻すI/V(電流→電圧)変換部に使う技術として開発。950のセットを開発していた時にはまだ出来ていなかった回路技術だ。ちなみにANCCはAccuphase Noise and distortion Cancelling Circuitの略。これを複数箇所に採用している。

 DACデバイス(ESS社のES9038PRO)からの電流出力は最短距離でI/V変換回路に入るが、そこに採用されていたり、ローパスフィルタの2段目に採用していたり。ひずみ率やノイズをさらに低くするために使われているが、総合的な結果としては先代の107dBに対して108dBに向上。乾いた雑巾を絞ることにたとえられるアキュフェーズのノイズ探求だが、1dBという数字を見ると小さい気もするが、いわゆるノイズフロアの電圧の値としては11%も改善していると訊くと、ありがたみの実感が湧いてくる。

 さて、音のインプレなどを。
 950のセットと1000のセットを同じ条件で比較すると、まずは空間、音像の立体感は明確に違う。1000セットでは細部のフォーカスの精度が上がっているし、手で触れるような実体感も高い。たとえばヴォーカルの声の表面のしっとりした感じ、ザラザラの感触、口腔の中から歯を越えて気流のように声が出てくる音像など、情報が精緻になるだけでなく、ダイナミックで、より音の立ち上がりがいい感じを獲得している。空間の透明度自体はその差異を体感しにくいが、1000のセットでは録音した場所の空気感が濃密に出てくることがそれに当たるのだろう。音として解放感があるのに濃密なのだ。このふたつの要素はトレードオフの関係のようだが、いいオーディオではそれが両立する。

 基本的な音の明るさやコントラスト、音色感は先代とそう変わらないが、演奏している時のビートのタメとか、テンポが微妙に遅くなるルバートなどがより深く感じられるのも特徴的だ。短く言えば、音楽(演奏)の良さがより強く伝わってくる。あるいはもっと主観的に言えば、演奏に人間臭い感じが出てくる。950セットと1000セットは紹介したように同じパーツをほとんど使っていないし、メカも回路もいろいろ変わっているのに、基本的な音を踏襲しつつ、その上でオーディオとしての音楽再生能力を良くしている。言うのは簡単だが、実行するのは難しいはず。

 初夏に伺った時の『ステレオ』誌の取材で、2020年9月に社長に就任した鈴木雅臣さんに「新製品を作る時に、こんな音にしようといった目標はあるんですか」とインタビューで訊いたが、「変えようとして変えるのではなく、おのずと変わっていくものです」といった趣旨の答えをいただいたが、なるほど、こういうことなのだ。

 アキュフェーズのカタログ等で、演奏のタメとか音のテンションといった言葉を使ったのを見たことはない。SN比が何デシ良くなったとか、歪み率が何%下がったとしか表現しない。しかし、それこそまさにこのアキュフェーズというメーカーの姿勢だ。信頼と言うか信用というか、世界中のどのメーカーも真似できないところに到達している。製品をもって語らせる、と言ったらいいだろうか。お聴きになるのはお客さまです、という寡黙な作り手のプライドを感じるところだ。

 さいごに、前述の『ステレオ』誌で取材をした時に印象的だったことを記しておこう。
 新社屋は完成品を置いておく倉庫機能がまずあり、補修用のパーツの備蓄とか、メンテナンス部、そして新試聴室もあるが、その片隅に見慣れない機械が一台置いてあった。鈴木社長に訊いた。
「これ、電動のマキ割機ですよね」
「そうです。何に使うかわかりますか」

 教えてもらった答えは、たとえば洪水で泥水に浸かってしまった同社のアンプが送られて来て、分解・点検の結果、修理するにはかなり高額な見積もり額になった時のこと。お客さんにそのことを伝えると「それだったら、そちらで処分して下さい」ということもある。その時に使うのだという。つまり、間違ってそのコンポーネントが市場に流れないように、物理的に完全に破壊するためのマキ割機なのだ。鋼鉄の鋭角の部分にコンポを強い力で押し当てて壊す用途。その破壊する瞬間の音は、到底聞いていられないという。手塩にかけて開発し、一台一台丁寧に組み立てている我が子のような製品。それを破壊するのだ。物理的にも聞きづらい音なのだろうが、精神的に嫌なものなんだと思う。

「カタログに掲載されているDC-1000の「歪み率+雑音性能(保証値)」の部分。」 「アキュフェーズ DP-1000とDC-1000」

 個人でも会社でも、信頼を得るのは短くない時間がかかるが、こうしたアキュフェーズの姿勢を見ていると、深い信頼を得るには背中合わせの厳しさがそこにはあることに気づかされる。表面だけ繕ってもダメなのだ。ひとつひとつのことを誠実に積み重ねて50年近く続けてきたからこそ獲得できているものがある。

 DP-1000/DC-1000の音を聴きながらその厳しさを思い出していた。生半可なことでは、先代の音を踏襲しつつ欲しいところだけ良くなる、ということにはならない。ウッドキャビネット以外の全部のパーツを新規で設計しているのだ。アキュフェーズの人たちはそのことを語らないけれど、製品自体が、音自体がその凄さを物語っている。




(2021年9月30日更新) 第304回に戻る  第306回に進む  
鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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