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コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第307回/写真家 高橋慎一さんのFM番組にお邪魔した9月[田中伊佐資]

●9月×日/InterFM897で放送している『Otona no Radio Alexandria』(毎週月~金曜の午前11時から)で、写真家・映画監督である友人の高橋慎一さんが1週間パーソナリティを務める。レギュラーのロバート・ハリスさんが夏休みをとるのでその代役だという。

 高橋さんが自分で撮った映画がらみなどでテレビやラジオに出演したことが何度もあるのは知っている。だがニュースを読んだりゲストを招いて話を聞いたり、ほんまもんのDJをやるとはいささか驚いた。

 考えてみれば、トークのプロではないけど、いつも本音丸出しで開けっ広げに喋る人で、こちらも裏読みや忖度する必要がなく楽に会話ができる。そのあたりはリスナーから好感を持たれるはずで、抜擢の理由のひとつのように思った。

InterFM897のスタジオにて。高橋慎一さん(右)と筆者

 ぜひ聴いてみようと楽しみにしていたところ、本人から「田中さんも、番組にゲストで出て好きなこと喋ってもらえませんか」と言われ、複雑な思いに駆られた。レコードやオーディオの話はできるにしても、間違いなく調子にのってコアなことに突っ込んでいくだろう。ミュージックバードのオーディオ・チャンネルではないのだから、聴いているうちにすたこらさっさと引くリスナーも多いのではないか。

 しかしむしろ徹底的に一途であったほうが、企画として良いらしく、内容よりも話し手の熱量が大事と聞いた。まあそれだったらとお受けすることにした。

 そういえば、ミュージックバードでは自分の番組が終了して何年も経ち(再放送はやってますが)、ちょいちょいYouTubeをやっているものの、ラジオ放送は久しぶりだ。しかもナマ。これは結構スリリングである。

 当日スタジオに入ると、DJは「もう噛み噛みですよ」と汗をふきふき、ロイターから届いたニュース原稿の下読みをしていた。これがなかなかどうして板に付いたもので、なにかと如才無い人だ。

 その日は、中高生の頃に聴いていた音楽は身体に染み込んでいるんだから、そんな高くなくてもいいからプレーヤーを買って、またレコードをやりましょうみたいな50歳以上の僕ら世代に向けた、事あるごと唱えている話をした。

 といっても神社仏閣を巡るとか油絵を描くとか、僕がいくら人から面白いぞと言われてもピピッと来ないのと同じで、関心がない人にはまさに余計なお世話ではある。それはわかっているのだが、一人でも「おおそうだそうだ、懐かしいなあ、やってみるか」となってくれればいい。

 高橋さんは話の引っ張り方もうまく、オーディオ誌で一緒に仕事をしているときと同様に、それが良いのか悪いのかわからないが気楽な雑談モードで話ができた。

 振り返ってみると高橋さんと初めて出会ったのは、僕がまだ音楽の専門誌で働いていた時代だ。かれこれ20年以上は経っているだろう。

 キューバに何度も出かけて現地ミュージシャンの写真を撮りましたと編集部にそれを持って来てくれた。ホールのライヴとかではなく、誰かの家で皆が集まってセッションしているようなもので、生々しい迫力が伝わってきた。

 すぐに仕事をお願いすることになって、それからどんどん重用され、原稿まで書くようになった。

 すっかり失念していたが、高橋さんいわく、僕と最初にした仕事は表参道で若手ジャズミュージシャンを取材したときなんだそうだ。

 そのときのことで明確に覚えていることがひとつだけあった。

 どこかで昼飯を食べようかという頃合いで、ファミレスはどこが好きかという話になった。どこでもだいたい嫌いじゃないと僕がおぼつかない態度だったのに対し、高橋さんは「なんといってもロイヤルホストです」と断言した。その理由を尋ねると「なんたってロイヤルですよ。王室ですよ」と真顔で言っていた。

 その論法でいけば、ハンバーガーはマクドナルドでもモスバーガーでもなく、「なんたって王様ですよ」とバーガーキングがイチオシとなるはずだが、それについて本人に確認したことはない。

 それから少しして僕は会社を辞めてフリーのライターになり、オーディオの仕事が多くなった関係で、高橋さんとはだいぶ疎遠になった。

高橋慎一さんの初監督作品『キューバップ 』はロングラン上映を果たし、DVDでも発売された

 10年くらい前にステレオ誌で「音の見える部屋」というオーディオファン宅を訪問する連載が始まったのだが、当初予定していたカメラマンの体調が芳しくなく、急なことだったので代わりが見つからず困っていたことがあった。

 そこで数年ぶりに高橋さんへ思い切って電話をしてみた。あいにくその日は仕事が入っていると残念そうにしていたのだが、ダメ元でどこに行くのかを尋ねると、なんとこちらが取材する場所から距離にして車で5分くらいのところだった。仕事が終わってから駆けつけてもらって、事なきを得た。

 この広い東京で(しかも新宿や渋谷ならいざ知らず府中!)、そんな点と点をつなぐような再会ができたのは奇跡としか言いようがない。

 それからその連載の撮影は高橋さんにお願いすることになり、気がついたら回数はかなりのものになっている。

 高橋さんはカメラマンだけでなく映画監督の仕事も邁進している。2018年の『Cu-Bop』に続き、ロックバンドのTHE FOOLSを追いかけたドキュメンタリー映画『THE FOOLS』を製作、来春の公開が決まっている。

「オーディオ誌の撮影を続けることは厳しくなりました」と断られずに済む程度、大ヒットして欲しい。


(2021年10月20日更新) 第306回に戻る 

田中伊佐資

田中伊佐資(たなかいさし)

東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。近著は『大判 音の見える部屋 私のオーディオ人生譚』(音楽之友社)。ほか『ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壺』『ジャズと喫茶とオーディオ』『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。 Twitter 

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