コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第37回/CDの時代が、そろそろ終わろうとしている

 かなり前の話だ。遊びに来た友人を駅まで送ったのだが、彼はまずA駅で乗り換え、そのあとまたB駅で乗り換えて帰るのだという。しかし、C駅乗り換えのほうが乗り換え1回で済むし、運賃も100円くらい安い。A駅・B駅乗り換えで帰るメリットは何もない。筆者はそう説明したが、彼は「いつもA駅・B駅で乗り換えているから」と言い残して、改札を抜けていった。
 それから半年くらいたって、彼から手紙が来た。その中には「先日初めて、C駅乗り換えをしてみた。そうしたら、乗り換えがものすごくスムースで、早く目的地に着いた。これまでどうしてA駅・B駅乗り換えにこだわっていたのか、自分でもわからない。よいことを教えてくれてありがとう」というようなことが書いてあった。


乗り換えの方法はいくつもある?

 最近、よくこのことを思い出す。人は「それまでやってきたこと」を変更することがひどく苦手だ。ということは、「新しいものを売るのがいかに難しいか」ということになる。するりと新しいほうへ移行できたのは、(そのよしあしは別として)CDと地上デジタル放送、HDD(BD)レコーダー、FOMAくらいのもの。どれも「それ以前のものにしがみついていられない状況」を作ったから、転換せざるをえなかった。いわば、かなり乱暴な「買い換えの強制」だ。
 しかし、歴史を振り返ってみると、それくらい乱暴なことをしないと、多くの人は動いてくれない。たとえばSACD。「こちらのほうが音がよいです」といっても、大多数の人は振り向きさえしない。2000年以降、CDの製造を止めてしまえば普及したのかもしれぬが、そこまで乱暴なことはさすがにできなかった。

 今後も、「それまでやってきたこと」を大切にする傾向は変わらないだろう。ただ、2014年の音楽状況・オーディオ状況を冷静にながめてみると、「このままじゃ、かなりやばいんじゃないか」という気がしてくる。それは、CDの時代がそろそろ終わろうとしているからだ。

 とにかくCDが売れない。CDショップが近所にない(あまりにも趣味が細分化されたせい?)。メジャー・レーベルが次々統合され、かつてのような気合いと予算を注ぎ込んだ超目玉盤が出ない。そのため、ますます売り上げが落ちる。
 CD専用プレーヤーも新製品が出ない。出ても大して売れない。パソコンで再生できるから、CD専用プレーヤーは要らないという人がすでに多数派だが、「パソコンは使いたくない」という人たちには、それなりのCD専用プレーヤーが必要だ。しかし、いったいいつまで作られるのか。CD専用プレーヤーは、ある程度大きなメーカーでないと作れないが(四十七研究所など一部に、あっと驚く例外有り)、大手メーカーは次々とオーディオから撤退。


四十七研究所 Model 4735 CDプレーヤー

 ソフトは、ネット配信で入手し、再生はPCオーディオあるいはネットワーク・プレーヤーでというのが今後主流になるはずだが、「それまでやってきたこと」を大切にする人には、それができない。あくまで「A駅・B駅乗り換え」で帰りたいのだ。
 何年かたって、CDが作られなくなり、CDプレーヤーの修理も不可能になったとき、その人たちはどうするのだろう。もちろん現役アーティストの新作は聴けない。それはあきらめるとしても、中古屋を回ってCDを探し、まだ使えそうなCDプレーヤーを物色するのだろうか。それで本当に聴きたいものが聴け、いつまでも中古屋に在庫があればよいのだが…。

 問題は、アーティストの側にもある。まずはインディーズ・デビューし、ある程度ヒットを飛ばしたのちメジャー・レーベルに移籍。思いっ切り予算と時間をかけて、勝負アルバムを制作。発売と同時にツアー開始。そういった王道が見えにくくなっているのだ。何か月もかけてよいものを作っても、わずかしか売れない。それでは作る側もいやになる。気が付くと、メジャー・レーベルのニューリリースは「往年の名盤を焼き直したリマスター盤だらけ」になっている!

 もちろん、おかげでよいこともある。音質にこだわる国内レーベルから、世界的巨匠のCDやSACDが次々と出る。こんなことは、メジャー・レーベルが元気だった時代には考えられないことだった。
 海外メジャー・オーケストラの多くがレーベルを起ち上げ、自主制作をおこなうようになったのも、ある意味よいこと。メジャー・レーベルの都合に合わせてCDを作らされるのではなく、自分たちが本当に作りたいCDを作る。それも「自分たちの音」を歪めずに作る。


ヴェルディ:オペラ全集

マレク・ヤノフスキ指揮のワーグナー・シリーズ

 セッション録音などとてもできないから、ライヴ収録が増える。これも、ある意味よいこと。昨年、ヴェルディの全オペラ作品を収録したブルーレイ・ボックスが発売されたが、これなども「低予算時代」「ライヴ収録時代」ならではの産物。ヤノフスキが振ったワーグナーのSACD(演奏会形式の公演をライヴ収録)もその仲間といえよう。

 やけに悲観的な書き出しになってしまったが、こうやって見てくると、あながち悪いことばかりではない。大資本によるレストラン・チェーンが消え、実力派シェフが個人経営するビストロが増えた。そう思えば、けっこう楽しい(その傾向は配信オンリーのソフトに、より顕著だ)。

 すでにいろいろなところに書いたが、PCオーディオの構築は、アナログ・プレーヤーの自作に似ている。また、ネットワーク・プレーヤーの初期設定は、ショップにまかせれば、それで済む。「ちゃんと動くようにセッティングして、使い方も全部教えてくれるなら買ってやる」といえばよいだけのこと。ショップとのつながりが復活する上、本当に親切で技術力のあるショップだけが生き残る。正によいことずくめではないか。
 ソニーHAP-Z1ESが売れていると聞くが、これは「ネットワーク・プレーヤーのように見えて、実はネットワークに頼らないプレーヤー」だからヒットしたのだろう。便利な乗り換えはC駅だけでなく、ほかにもいろいろありそうだ。

(2014年2月21日更新) 第36回に戻る 第38回に進む

ソニーHAP-Z1ES
村井裕弥

村井裕弥(むらいひろや)

音楽之友社「ステレオ」、共同通信社「AUDIO BASIC」、音元出版「オーディオアクセサリー」で、ホンネを書きまくるオーディオ評論家。各種オーディオ・イベントでは講演も行っています。著書『これだ!オーディオ術』(青弓社)。

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