コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第50回/曲をカラダに入れること [鈴木裕]  

 カーオーディオのコンテストの審査員をやった話題は番組でも取り上げて、この時に課題曲を覚えるのが大変だったことも話した。
 番組とも重複するので基本的なことを話しておくと、イベント自体は「ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト」。

 ヨーロッパのブランドのスピーカーユニットを使って構築したカーオーディオ。このクォリティを審査して順位を付けるものだ。審査員は6名で手分けしてやるが、プロフェッショナルクラスとエキスパートクラスのふたつに分かれた両方を担当したのは鈴木裕一人だった。課題曲はそれぞれのクラスに2曲ずつあり、プロフェッショナルクラスは和田博巳さんが2曲を選択。エキスパートクラスは角田郁夫さんと鈴木裕が1曲ずつを選んだ。詳細は上記のウェブサイトを見てもらうとして、和田さんが選んだのが、
 シェルビィ・リン『Just A Little Lovin'』から「 Just A Little Lovin'」
 アストル・ピアソラ『Tango: Zero Hour』から「Contrabajisimo」
 そして、エキスパートクラスは角田さん選択の
 ジュリアーノ・カルミニョーラ(ソロVn)『ヴィヴァルディ・コン・モート』から「ヴァイオリン、弦楽合奏と通奏低音のための協奏曲集 協奏曲 ホ短調 RV281 第1楽章:Allegro」
 そして、エキスパートクラスのもうひとつの課題曲は僕が選んだ
 グレゴリー・ポーター『Liquid Spirit』から「Liquid Spirit」
 だった。
 音源の管理については「ASIN」(通販のアマゾングループが取り扱う書籍以外の商品を識別する10桁の番号)や「EAN」(ヨーロッパの商品識別コード)まで指定してクォリティコントロールを図り、みなさんが調整してきたオーディオを、同じ音源を使って採点していった。


『Just A Little Lovin'』シェルビィ・リン

『Tango: Zero Hour』アストル・ピアソラ

『ヴィヴァルディ・コン・モート』
ジュリアーノ・カルミニョーラ


『Liquid Spirit』グレゴリー・ポーター

 審査する側としては当然課題曲を知り尽くしていないとブレのない採点は難しい。いわゆるケツの穴までわかっている音源というやつである。グレゴリー・ポーターは元々自分が聴いている中から選んでいるのでいいが、他の3曲は頭に入っていない。
 というわけで、とりあえず曲というか、音を覚えるためにCDを購入して家で聴きだした。
 すぐにわかるのは3曲ともけっこう再生の難しい音源だ。
 たとえばシェルビィ・リンの、チャーミングな声とそこにかけられたエフェクターの感じ。バックのそれぞれの楽器の音色感や音像の大きさ。ピアソラの「コントラバヒシモ」は渋いにもほどがある音源で、審査の時間の中では頭の2分くらいしか聴けないが、弓弾きのコントラバスとギターだけの、音量レベルもかなり低いトラックだ。
 とにかくまずうちのメインのオーディオシステムで何回も聴いて覚えた。そのあとも仕事部屋のハーベスを鳴らすシステムで聴いたり、ヘッドフォンやイヤフォンで聴いたり、あるいは仕事先のスタジオで聴いたり、あげくの果ては出版社やメーカーやインポーターの試聴室に取材で行っているのに、仕事をしているフリをしてこれらの課題曲を聴いていたのだ。いや、言い訳になるがこの頃になるともう試聴用の音源として対象のオーディオの音を把握するのに格好のソフトのひとつになっていたのだからあながち悪行を働いていたわけでもない。とにかく習うより慣れろである。いろいろな場所で聴きつつもうちのメインのオーディオを鳴らす時は、まず課題曲を聴いてから本来の作業を行うというのを続けていった。
 これがおもしろかった。

 当初は再生したその「聞こえの」音というのだろうか、どういうふうに聞こえるかというのを細部まで覚えようという感じだったが、次第にもともとやっている演奏自体、声や楽器の音自体を把握できたような感覚になっていった。録音された元がわかるようになってきたのだ。
 その時に思ったのは、楽器で曲をさらっているのに似ているな、というものだった。
 楽器をある程度やったことのある人だったら、「さらう」という過程をご存じだと思う。速いパッセージだったり、弦楽器であればハイポジションの音程の取りにくいパートを、最初はゆっくりと、徐々にテンポを上げて練習していくやり方だ。大学のオーケトスラだとひとつの曲を3カ月くらいは練習するので、相当深くひとつの曲が入ってくる。

 ちょっと思い出話を書いておくと、僕は法政大学のオーケトスラでヴァイオリンを弾いていたが、ある時、ブラームスの第2交響曲が定期演奏会のメインの曲だった。指揮者は客演の久志本涼(くしもと・りょう)さん。まだその曲の練習し始めの頃、第2楽章をたしか弦楽器のパートだけで練習していた時の言葉が忘れられない。たまたまタイミングがあってそんな段階のレベルなのに振ってもらっていたのだ。単に譜面づらを追っている段階の僕たちの酷い演奏に対して久志本さんは「ワケがわかんないような顔をして弾いてるのが気に食わねぇな」と言ったのだった。たしかにその時点では2楽章の構造とか、和声の進行とか、他のパートの絡み方とか、他のパートが何やってるとか、ブラームス特有の情念が高揚してく流れとか、そんなさまざまなものがぜんぜんわかっていなかった。曲想が深い森に分け入っていくようなものなので比喩的に言えば、方角も標高もよくよく観察すれば見えてくる道すじもわかっていなかった。だから久志本さんにそう言われて100パーセント納得したものだ。
 結局、3カ月後は納得の行く演奏が出来た。プロの指揮者の、本番だけしかけてくるテンポの揺れ方とか、気合の入り方も圧倒されたのも良く覚えている。頭で理解としたと言うよりも、ブラームスがカラダに入っている感覚だった。

 というわけで、今回の試聴曲もコンテストが終わった現在でも印象深い曲になった。
 そういう風に試聴曲をカラダに入れる必要は一般のオーディオ好き、音楽好きの人にはないだろうが、録音された音楽っていろいろなオーディオで聴いた方が楽しいということは言える。録音の元がわかってくる感覚。
 参考になるかなと思って書き留めてみた。

(2014年6月30日更新) 第49回に戻る 第51回に進む  

鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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