コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」
<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>
ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー
第50回/曲をカラダに入れること [鈴木裕]
カーオーディオのコンテストの審査員をやった話題は番組でも取り上げて、この時に課題曲を覚えるのが大変だったことも話した。 |
『Just A Little Lovin'』シェルビィ・リン 『Tango: Zero Hour』アストル・ピアソラ |
当初は再生したその「聞こえの」音というのだろうか、どういうふうに聞こえるかというのを細部まで覚えようという感じだったが、次第にもともとやっている演奏自体、声や楽器の音自体を把握できたような感覚になっていった。録音された元がわかるようになってきたのだ。
その時に思ったのは、楽器で曲をさらっているのに似ているな、というものだった。
楽器をある程度やったことのある人だったら、「さらう」という過程をご存じだと思う。速いパッセージだったり、弦楽器であればハイポジションの音程の取りにくいパートを、最初はゆっくりと、徐々にテンポを上げて練習していくやり方だ。大学のオーケトスラだとひとつの曲を3カ月くらいは練習するので、相当深くひとつの曲が入ってくる。
ちょっと思い出話を書いておくと、僕は法政大学のオーケトスラでヴァイオリンを弾いていたが、ある時、ブラームスの第2交響曲が定期演奏会のメインの曲だった。指揮者は客演の久志本涼(くしもと・りょう)さん。まだその曲の練習し始めの頃、第2楽章をたしか弦楽器のパートだけで練習していた時の言葉が忘れられない。たまたまタイミングがあってそんな段階のレベルなのに振ってもらっていたのだ。単に譜面づらを追っている段階の僕たちの酷い演奏に対して久志本さんは「ワケがわかんないような顔をして弾いてるのが気に食わねぇな」と言ったのだった。たしかにその時点では2楽章の構造とか、和声の進行とか、他のパートの絡み方とか、他のパートが何やってるとか、ブラームス特有の情念が高揚してく流れとか、そんなさまざまなものがぜんぜんわかっていなかった。曲想が深い森に分け入っていくようなものなので比喩的に言えば、方角も標高もよくよく観察すれば見えてくる道すじもわかっていなかった。だから久志本さんにそう言われて100パーセント納得したものだ。
結局、3カ月後は納得の行く演奏が出来た。プロの指揮者の、本番だけしかけてくるテンポの揺れ方とか、気合の入り方も圧倒されたのも良く覚えている。頭で理解としたと言うよりも、ブラームスがカラダに入っている感覚だった。
というわけで、今回の試聴曲もコンテストが終わった現在でも印象深い曲になった。
そういう風に試聴曲をカラダに入れる必要は一般のオーディオ好き、音楽好きの人にはないだろうが、録音された音楽っていろいろなオーディオで聴いた方が楽しいということは言える。録音の元がわかってくる感覚。
参考になるかなと思って書き留めてみた。
(2014年6月30日更新) 第49回に戻る 第51回に進む
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