コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」
<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>
ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー
第59回/ひとつの設計思想ゆえの到達点~Grandioso [鈴木裕]
オーディオライター(評論家)をやっていると、仕事柄、時にとてつもなくいい音に出くわす時がある。現代オーディオの到達点を目の当たりにする瞬間であり、いち音楽好き、オーディオ好きとして打ちのめされる瞬間でもある。最近、自分の人生でも3本の指に入る体験をした。
その音は、エソテリックの試聴室で聴くことが出来た。知っている出版社やメーカー、インポーターの試聴室の中でももっとも大きく、もっとも優れた試聴室のひとつだと思う。鳴らしていたスピーカーはタンノイのキングダム・ロイヤル(カーボン・ブラック・バージョン)だった。現在のハイエンドオーディオの、巨大でウルトラヘヴィで2千万円を越えるような製品群と比較すると、まだなんとか家庭用として使えるサイズであり、デザインだ。上がりのスピーカーのひとつと言っていいかもしれない。技術的な特徴はウェブサイトなどで見てもらうとして音について書いておけば、その再生帯域はウルトラワイドレンジで音の分解能が相当に高く、情報量という意味では金属製のエンクロージャーやメタルの振動板を使った、ある意味最先端のスピーカー群と遜色ないのに、音楽を聴いて楽しんでほっとできる、安心して聴けるトーンを持っている。往年のタイノイの良さを継承しつつ、現代的な録音に収録されている情報をものすごいクォリティで聴かせてしまう。きちんとあいさつの出来るおだやかな人柄なのに、ガツガツ働く時は馬車馬のように働き、冷静な判断を求められる時には怜悧に総合的に考えられる。そんな人柄にたとえておきたい。短く言って音楽に対して誠実で肯定的だ。 |
(上)TANNOY「KINGDOM ROYAL」 (下)ESOTERIC「Grandioso C1」 |
そもそも今回は、新しいプリアンプGrandioso C1の実力を聴くためのタイミングで、まず従来の同ブランドのもっとも高級なプリであったC-02(140万円)で鳴らした後に、プリだけをC1に変更する、という試聴だった。
しかし一番驚いたのはハルサイだ。冒頭のあの甲高いファゴットのソロの音が出る前の暗騒音だけで、コンサートホールの形が見えてきてしまったのには笑った。そもそも、そんな暗騒音がはっきり聴こえるようなボリュームで聴いている自分も自分だが、そんな指揮台で聴いているような音量にしてもタンノイは音を上げず、エレクトロニクス類のノイズ感とか、音の立ち上がりの遅れとか微妙な付帯音を一切感じさせない。ハルサイの冒頭から音が重なっていって、うっそうとした森のようになっていく部分のそれぞれのパートの、それぞれの楽器がやっていることが手に取るようにわかってしまう感覚。通常は分解能が高い、という言い方をするが得体の知れないレゾリューションだ。この感覚をどう伝えようか3週間ほど考えてきたが、つまりこういうことじゃないだろうか。
すこしだけ技術的な話をさせてもらうと、プリアンプC1の大きな特徴のひとつだと思うのは、バッファーアンプ部の電流出力と応答速度を表すスルーレートの数字、これがなんと2000V/μsという達成を示していることである。マイクロセカンドというのは、百万分の1秒で、この短い時間に2000Vもの電流が立ち上がる。きわめて俊敏である。あえてデジタル的に言えば、サンプリング周波数1000kHzごとにこれだけの表現力を持っているという(科学的には正確な言い方ではないが)ことになる。そしてプリだけでなく、パワーアンプのM1も何かアンプの存在を感じさせないような、反応の速さを速さとして感じさせないようなレスポンスの良さを持っている。それが総合して、得体の知れないレゾリューションをはじめとする表現力を生み出しているんじゃないかと思う。 |
ストラヴィンスキー/「春の祭典」「ペトルーシュカ」 ブーレーズ&クリーヴランド管弦楽団 ![]() |
その音を聴いて2時間後。
帰宅してうちのメインのシステムを聴いた。
上記の3つのソフトだ。まことに残念ながらベールが10枚くらいあるように感じた。これほどうちのオーディオに幻滅したことはない。音のエネルギーといい、瞬発力といい、精緻さといい、エソテリックの試聴室で聴いてきた音を全盛期のF1のレーシングマシンにたとえるならば、うちのはダンパーの抜けた10年落ちのセダンくらいの差がある。グダグダである。三日後くらいには元の感覚に戻っていたが、畏(おそ)ろしいものを聴いてしまった。
(2014年9月30日更新) 第58回に戻る 第60回に進む
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