コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第80回/世界に殴り込みをかけたスピーカー [鈴木裕]  


 DIASOUL i

 ダイヤソウル、というブランドをご存じだろうか。今年のアメリカのCESでその第一号のスピーカー、DIASOUL i(ダイヤソウル・アイ)を発表。販売が始まったのが4月16日というまだ生まれたての日本のブランドだ。まずは写真をみてもらうとしよう。実物に接すると意外とコンパクトに感じる。スピーカーに必要なさまざまな技術、音響的な要素、ハイファイのトランスデューサーの要件を考えている人であればいろいろと納得できる形でもある。ごくごく簡単にその概要を紹介しよう。ウェブサイトを先に読んでいただいてもいいのだが詳細すぎる感じもあるので意図的に簡潔に説明する。
 ちなみにオフィシルのウェブサイトは http://diasoul.co.jp/jp/

 基本的に3ウェイだ。ただしウーファー部はデジタルアンプを搭載したアクティブ型。ミッドレンジとトゥイーターの間はネットワークを用いたパッシブ型だ。プリアンプからの信号は付属のコンポーネント「Network Controller NW1」で2つの帯域に分割。ツイーター用とウーファー用に2ch分のパワーアンプが必要だ。つまり、3ウェイの変則マルチアンプ&パッシブシステムスピーカーなのだ。

 コンセプトとしてもっとも重要に思えるのは「生の音と再生音の境目をなくすこと」。そのために、3ウェイのユニットの配置や発音するタイミングをコントロールすることによって、「球面波」の再生を目指している。その象徴的な部位がツイーター部だ。
 ユニット自体はダイヤトーンオリジナルの技術のボロン振動板ツイーターである。これを使って、ドーム型とコーン型のメカニカル2Wayを構成。1.8kHz以上を受け持たせている。この部分の説明からすると、4ウェイのスピーカーという紹介のがいいかもしれない。ツイーターは4個を使用。装着しているのは球形キャビネットで、木製材の表面層と鋼鉄から削り出した内部層との2重構造を取っている。剛直なのだ。4個のトゥイーターは表面の木製部ではなく、鋼鉄部に装着。しかもこの頭の部分、首から動く。前後に微小量自由に動くフローティング構造だ。

 ミッドレンジ部のエンクロージャーもメカニカルアースを取っている。ミッドレンジとウーファーの振動板はカーオーディオのダイヤトーンのスピーカーユニットが採用している素材、カーボンナノチューブと複数の樹脂を射出成型したNCVだ。説明は省くが、内部損失性と剛性を両立するきわめて特性のいい素材であり構造だ。カーオーディオのユニットと似ているが仕様は違う。また、ミッドレンジには1.6Kgの鋼鉄製の重量マスをユニット背面に装着。ここも振動対策だ。ウーファーには超強力磁気回路を搭載した上に、電磁制動方式を採用。対向した2個のウーファーユニットはボクサーツインのように振動を打ち消し合うが、背面のチャンバーとしてはそれぞれ独立させている。ウーファーは左右それぞれを300Wのデジタルパワーアンプで駆動(つまり、300Wのアンプ部が合計4つ)。またこのパワーアンプにはDSPが内蔵されており、4パターンのプリセット特性から部屋の特性に合わせた特性を選択が可能だ。


ウーファーはデジタルアンプ搭載のアクティブ型

ユニット背面には鋼鉄製重量マスを装着



 Network Controller NW1

 その他、ミッドレンジ用ネットワークにはファインメットを採用していたり、スピーカーの内部配線用ケーブルはイギリスのコード社の、脚にはアンダンテ・ラルゴ社製スパイクを使うなど、パーツにもこだわっている。付け加えるならば「Network Controller NW1」はチャンデバ機能だけでなく、低域/高域の周波数特性の補正や、アブソリュートフェイズ切替、ウーファーゲインも設定できる。

 そしてお値段。2本のスピーカー本体とNetwork Controller NW1。セットで1千80万円(税込価格)。ただし、購入した人には、納品時に開発者自身がスピーカー設置に同行し、その環境でベストな音質調整を行うという。商品価格にはこの設置と音質調整のサービス料も含まれている。また、購入を検討している方には、その人の自宅に持ち込んでセッティングを行った上で試聴してもらうというのも驚きだ。いや、いまちょっと驚いたフリをしたが、開発者のことを知っていると「そうやらないと気が済まないだろうな」と、実はぜんぜん驚いていない。開発者、つまり、寺本浩平氏である。

 1979年に三菱電機に入社し、主にアンプ畑を歩いてきた。2007年からはダイヤトーンのカーオーディオのジャンルで開発にたずさわり、目ざましい実績を上げている。非常に高いクォリティのDSPやAVナビ、スピーカーなどを作ってきた。そして、昨年3月に定年退職した後も、テクニカルアドバイザーとしてカーオーディオを開発。同時に「株式会社DIASOUL」を起業し、その第一号の製品が紹介しているDIASOUL iということになる。

 九段下のダイヤトーンの試聴室で聴かせてもらったがいまどきありそうでない音、というか表現である。現代的な音場感を持っていながら、音像の実在感が極め付きに高い。そもそもきわめて情報量の多い音で、味わいで聴かせる方向ではまったくない。音の浸透力が高く、小音量でもきめ細かく音楽が立ち上がってくるが、ボリュームを上げた時の臨場感には一種独自の凄味がある。大音量で破綻しないのは、3つのエンクロージャーの振動対策が奏功しているからだろう。もっとも大事なポイントはソフトにパッケージされたデータを再生した時の、音楽との距離感みたいなものが決定的に近いのだ。


 開発者の寺本浩平氏(左) 鈴木裕(右)

1969年録音のブーレーズ指揮クリーブランド管の『ストラヴィンスキー:春の祭典』を大音量で再生したものを聴いて、生演奏以上に生々しい音の生命感というか、ヴァイタリティに圧倒された。ものすごく平たく書くと、えらく気合いの入った音である。それはとりもなおさず、開発者の寺本氏の気合いという気もするが、音楽の真実や本当の深み、あるいは深淵や恐ろしさみたいなものさえ感じさせてくれる。技術的にもいろいろと特徴を持っているが、なにより音楽に対する真剣さが尋常じゃないスピーカーであり再生音である。高額な製品なので誰にでも薦められるものではないが、こういう存在があること自体がうれしい。

 いやそれにしても(ふだんの呼び方をさせてもらえば)寺本さん、長年勤め上げた会社の退職金(たぶん)でいきなりCESに殴り込みをかけちゃったのだ。そして、数社の製品にしか与えられないBest Sound Showを授賞(Zandenのエレクトロニクスとの組合せに対して)。さらにCESのレビューの最後には「Most Coveted Product: Diasoul i loudspeaker」、つまり、今回の中で最も切望される製品として紹介されており、CESに出展した全ハイエンドスピーカーの中で1位との評価さえ得ている。

 痛快だ。痛快すぎる。しかし寺本さんの実力を持ってすればこれもまた驚かない。そんな人なのだ。ただし、ちょっとだけ心配なのはご家族の心情である。そう勘繰られることを察してか、試聴の場には奥様も同席されていた。もうこうなったら行くところまで行っていただきたい。 (2015年4月30日更新) 第79回に戻る 第81回に進む 

鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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