コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第89回/アキュフェーズC-3850のこと [鈴木裕]  

 プリアンプの開発は難しい。その理由はいろいろあるだろうが、無色透明、何も足さず何も引かず、ソフトに入っている音楽そのものを聴かせようとしても、何かを足さないと欠落するものが出てくるのがプリアンプという存在じゃないだろうか。禅問答のようでもあるが、そこが難しい。物量を投入すればいいわけでもなく、かと言って電源部やシャシー、そして音量調節機構には入念な造りが要求される存在でもある。
 と、相当にハードルを上げておいてアキュフェーズの最新のフラッグシップ、C-3850のことを書きたい。これがいいプリアンプなのである。その良さを紹介したいのだがその前に先代であるC-3800からの変更点を押さえておこう。進化の方向としては、先代でもSN感のいい、ノイズを感じさせないプリだったが、さらにノイズを下げようという、いわゆる乾いた雑巾をさらに絞るようなことをやっているように感じる。

 電源部はブロックコンデンサーとトロイダルトランス2個を新設計。
 同社特有の音量調節技術であるAAVA方式も進化している。電圧をいったん16種類に重み付けされた電流に変換し、それぞれ16個の電流スイッチによって組みあわせ、その電流を合成したものを電圧に戻す方式だが、電圧から電流に変換する部分の変換比を上げている。C-3800では2並列だったものを3850では4パラにし、OPアンプを変更。ローノイズ化やローインピーダンス化を図っている。ここだけでSN比を2dB稼いでいるという。
 また、電源トランスの真下にあったリレーを移動し、漏えい磁束の影響を避けるような細かな変更も行っている。こうやって書くと「それだけ」のような感じがあるかもしれないが、結果としてC-3800よりも全体として20%以上のノイズを削減。波形編集ソフトで見るところの、ノイズフロア自体を下げている。


 Accuphase C-3850


 C-3850 内部

 C-3850 ボリュームセンサー

 凄いのは、音量調節を行う大型のノブはボリュームセンサーの役割なのだが、リモコンで音量を上下した時にノブを回転させるモーター音が筐体に共鳴してごくごくわずかな音がしていたのを対策したことだ。アルミ削りだしの機構自体をシリコンゴムのブッシュを入れることによってごくわずかフローティングさせている。
 いやそれにしてもボリュームを動かした時のみ発生するわずかなノイズを気にするユーザーがユーザーなら、それを対策して音を消してしまうアキュフェーズもアキュフェーズである。きわめて静粛性の高いAVルームで音楽を聴いているユーザーの厳しい耳に鍛えられているのがアキュフェーズという言い方も出来る。海外のメーカーの技術者などにインタビューするといろいろな意味で世界で一番厳しいのが日本市場で、そこで認められたものは世界でも認められる、みたいな話は何回も訊いているが、もっともマニアックなクォリティを欲し、同時にもっとも安定した動作を要求し、音としてもボディの造りとしてもわずかな瑕疵を認めないのが日本のユーザーである。

 その音について書いてみよう。
 アキュフェーズの試聴室でC-3800と直接に比較。あるいは音楽之友社のリファレンスとしてずっとC-3800で聴いてきて、C-3850に入れ換えて試聴をしている。それを踏まえて言うと、まずSNが良くなったということについてはぱっと聴いて「いやー、静かになったなぁ」とは正直わからない。3800だって相当にSNは良かったのだから。ただ、音楽表現として、オーディオクォリティとして上がったことはわかる。細かい情報量というか、ニュアンス、気配、雰囲気、空気感、言外に伝わってくるものが増えているのは明らかなのだ。

 それが端的に体感できるソフトが、試聴で使っている一枚、アバド指揮ベルリンフィルの『ジルヴェスター・コンサート1997』(エソテリック ESSG-90098)、そのトラック2。ビゼーの歌劇『カルメン』の「ハバネラ:恋は野の鳥」。カルメンはアンネ・ソフィー・フォン・オッターだ。オッターの歌の、ちょっとテンポを落としたり、進めたり、止めたりという、その間合いの絶妙さが出ないと楽しくないトラックだ。今までいろいろなオーディオでこれを聴いてきて、細かい情報量が出ていないとこの歌の間合いのタイム感がどういうわけか出ないのだ。これをC-3850で聴いて、とても楽しかった。お客さんやオーケストラに対して、ちょっと裏切ったり、せきたてたりという、そんな楽しげなニュアンスが実に豊かに伝わってくる。
 また、これがこう鳴るのかという意味でいえば何千回も聴いているエリック・クラプトンの『アンプラグド』。これのトラック5「ロンリー・ストレンジャー」を聴いて、音像のエッジの立方がはっきりしているのに同時に自然なたたずまいがあったり、ライブ盤特有の会場のざわつきとか回線に混入しているノイズ成分があるのだが、それらを実に静かに、しかしきちんと聞かせてくるのも印象的だった。音としてはストレートに聴かせてくれるのに、音楽としてはリッチな感覚を持った表現力。そう、お伝えしたい。
 音場空間としてはかなり広く、3800と比較しても3850は広いのだが、右の奥の方や、左の奥の方に、つまり、奥の方でも左右の間隔が狭くなっていないのも印象的だ。センターや、あるいは左右のスピーカーの外側といった部分まで満遍なく高い密度の存在感を持っているのも入念な製品造りが反映されているのだろう。こうしたことが相乗しての臨場感が実に高い。寺島靖国さんの言う「出来(しゅったい)」である。いろいろなソフトを聴いた時に、その世界が聴いている部屋に来てしまう度合いが素晴らしい。


『ジルヴェスター・コンサート1997』
クラウディオ・アバド指揮ベルリンフィルハーモーニー管弦楽団



『アンプラグド』エリック・クラプトン


Accuphase M-6200

 オーディオは怖いもので、比較するとあれほどいいと思ってきたものが過去のものに感じられたりするが、3850と比較すると3800は若干分析的な音楽の描き方をするように思われた。登場した時は、あれだけダイナミックでアキュレートで、精緻なのに芳醇という印象があったのに! 3850の、細かい音を出しつつ音楽に浸れる世界が深化しているということなのだが。

 ちなみに、ひとつ付加えておきたいのは、これも初夏に新しく登場したパワーアンプ、M-6200の存在だ。音楽之友社の現在のリファレンスはC-3850とM-6200の組合せなのだがM-6000からM-6200の進化の度合いは小さくなかった。駆動力が高まっているのだが、ぐいぐいというパワフルさではなく、反応のいい透明感の高い駆動力で、しかも音の密度、剛性感が実に高い。音色感は基本的に同一なのも凄いことだ。なぜならば実は出力段のトランジスタがMOS-FETからバイポーラのものに変更されているのに、迂闊なことに気がつかなかったほどなのだから。

 ちなみに、C-3850、M-6200。ともにその値段は180万円(税抜きの定価。M-6200はペアでの値段)なのだが、販売は好調と訊いている。アキュフェーズでは、基本的に一週間で1ロット百台を製造するやり方をずっとつづけているが、C-3850の第1ロットは既に売り切れている。M-6200も予想以上にオーダーが来ているという。たぶん全国の専門店で試聴されたお客さんが多かったのだろう。聴けばあの良さに欲しくなるのもよくわかる。先代から買い換えた方も少なくないはず。こうしたいいお客さんに支えられているのもアキュフェーズの強みという気がする。高級ホテルでもレストランでも、その品格を支えているのはお客さんである。逆に言えば、いいお客さんを持っていないブランドはほんもののブランドとは言えないのかもしれない。

(2015年7月31日更新) 第88回に戻る 第90回に進む 

鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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