この前リリースされたジミ・ヘンドリックスのLP『ピープル、ヘル・アンド・エンジェルス』に入っている 「イージー・ブルース」ばかりをここずっと聴いている。 この作品はリハーサルやデモを集めた未発表集なので、“新作”という触れ込みになっていて、 それにはどうも違和感があるのだが、ともあれやっぱジミヘンは凄いなと唸っている。 　

　そんなことで、ジミヘン熱が急激に高まって、デビュー盤『Are You Experienced』のオリジナル盤が欲しくなり、 ネット・オークションやレコード屋を探し始めた。どうせ買うならイギリスのTrack Recordsのモノラル盤・マトリクスA1／B1だ。 実際のところ、探し出すのは簡単なのだが、これは程度がいいと3万円以上もするので、 安く入手しようとするとなかなか難しい。

　そんなある日、ebayで「これは！」と思う条件通りのオリジナル盤を見つけてしまった。売り手はイギリス人だ。
「レコードの状態もよく、キズはありません。ジャケットもスリーブもきれいです」。 　

　次にたいへんそそられる言葉が続く。
「これは私の亡夫が、新品で買って大事にしていました」

『Are You Experienced』は1967年にリリースされたもので、ワンオーナーとはかなり珍しい。 だいたいの名盤は転売という流転人生を歩んでいて、レコード棚にひっそりとしかも本国で保管されていたなんて夢のようだ。
　

　現在56ポンド（1ポンド154円換算で8,624円）。ネットで調べてみると、 今年の3月に驚異のピカピカ・ニアミントが1242.26ドルで取引されている。 軽く10万円オーバーである。今回もけっこう行くかもしれない。とりあえず様子を見守るかと思っていたら、 ガビーンとくる表記を見つけてしまった。　
　
　シッピングは「イギリス国内のみ」。
そうか、おばあちゃんだから海外に送るのは面倒なんだ。 諦めようと思ったそのとき、ピーンときた。イギリスには中学のときの親友が住んでいる。 おととし久しぶりに会って昔のバカ話をした。やつを使うしかない。そしてもうひとつ大事なことに思い当たった。 このオークションはジャパン・マネーにさらされない。

　さっそく連絡をとる。彼はebayをやっていなかった。わざわざこのためにアカウントをとってもらった。

　決戦の日は近い。ぼくは170ポンド（26,180円）でお願いした。無傷だとしたら、相場はもっと高いだろうが、 無い袖は振れない。これでもかなり奮発した。というのもロック好きの亡き旦那の形見をわけてもらう、 それもイギリスからという物語がぼくは気に入っていた。もし入手できたとして、 『Are You Experienced』を聴くたびにそのことを思うのは悪くない気分だ。 　 　

　当日。100ポンドを超えたあたりからあまり数字は動かなかった。最後の1分以内にドカーンと来るパターンだ。 途中で170ポンドを超えてしまったら拍子抜けするが、それだけは避けられた。最後の最後までいきそうだ。　
　
　さてその結果。なんと117.67ポンド（18,121円）で終了。　
　圧勝だ！　
　逆の意味で拍子抜けした。やっぱりジャパン・マネーが関与しなかったことは大きいとみた。

　ここで終わるとただの自慢話になる。イギリスの友人は普通に郵送してもらえればそれでよかったのに 、対応が丁寧すぎた。8,000円の航空便で送り、到着したときには入内国消費税￥800＋立替納税手数料￥735もとられた。

　つまりオチとしては、奮発した数字で手に入ったということで、圧勝ではなく辛勝だったというわけだ。 得したような、損したような。でもこれは物語もあるし、盤はピカピカだったしで、 結局のところ自慢話ということなんだろうね。

（2013年5月10日更新）　第8回に戻る　第10回に進む