コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー


第92回/音楽ファンが注目しだしたアナログプレーヤー [鈴木裕]  

 どうやらアナログレコードを聴くことが、オーディオ好きの人だけでなく音楽好きの人にも広がりつつあるらしい。それも、かつて世代的にアナログレコードを経験してきた人たちだけでなく、若い世代にもそういった感性が広がっているというからなかなか興味深い。そのひとつの象徴的な製品がION AUDIOのArchive LPという、実勢価格で1万円を切るくらいで売られている製品だ。2014年8月の発売で、アマゾンで売っているというのも一般の人に受けた理由かもしれない。

 アナログレコード、そしてアナログプレーヤーの魅力をいまさらの語るのもおこがましいが、その音質だけでなく、趣味としてのいじりどころの多さとモノとしての魅力、ウッドを使った製品も多く、なんとなくほっとできる感じがいいんじゃないだろうか。スマートすぎてブラックボックス化しすぎた現代のテクノロジーに疲れた人、飽きた人が癒しを感じている気もする。レコードジャケットの大きさもいいし、直径30センチの円盤がぐるぐる回っているもおもちゃっぽくて楽しい。自分も仕事としてはそのメカニズムからデザインまでいろいろと観察するが、ふとした瞬間こんな原始的なもので時にハイレゾを凌駕する音が聴けてしまうんだものなぁと、あらためて感心していたりもする。


ION AUDIO/Archive LP

 アナログ初心者の方にどんなアナログプレーヤーを選べばいいか、ごくごく簡単にまとめておきたい。まず、オーディオライターとして推薦できないのは、プレーヤー本体にスピーカーの装着されているタイプ。小さな音で楽しむ分にはいいが、そもそも低音のレンジは狭いし、ハウリングが発生する限界点が低いのは構造上仕方ない。個人的に低音のレンジを譲ることはできない。また、音がモノトーンというか、何を聴いても同じような付帯音がしてしまうのも飽きる原因になる。重ければいいというものではないが、やはりあまりに軽いものは音としては芳しくないと見て間違いない。


 ONKYO CP-1050(D)



 TEAC TN-350-CH

 そういった観点から実際に聴いてみて推薦できるのは5万円を越えたあたりから。一応の目安だ。一般の人にとっては、それでもちょっと高いような気がするかもしれないが、キャビネット本体、ターンテーブル(プラッター)、モーター、トーンアーム、カートリッジといった構成要素を考えると、積極的に音を楽しめるのはどうもこのあたりからのような気がしている。せっかく購入するのにレコードの音の気持良さを体感できないと意味がない。気持良くなるためにはせめてこのあたりかなと思う。

 せっかくなので、具体的な製品を挙げてみよう。
 いずれも実勢価格で5万円台の製品だ。

 まずは、オンキヨーのCP-1050(D)。キャビネット(本体)はMDF製。モーターはダイレクトにアルミダイキャスト製のターンテーブルを回転させる方式だ。カートリッジはMM型が付属するが、フォノイコライザーが必要。音の傾向としては、低域が力強く、彫りの深い音を聴かせてくれる。その造りや音からは、いい意味で1970年代から80年代にかけての、往年のアナログ文化の匂いがぷんぷんしている。

 ティアックのTN-350のキャビネットはオンキヨーと同じくMDF材だが天然のつき木(薄い板)を貼った上に光沢のある仕上げをしている。ベルトドライブでアルミダイキャストのターンテーブルを回転させる方式で、MMのカートリッジが付属、フォノイコライザー内蔵で、USB出力まで装備している。音は今風のすっきりした感じでもう少し追い込みたくなるが、カートリッジ変更での伸び代もけっこう大きい。デザインが良く、嫌味のない音で、買わない理由のない製品と紹介したい。やはりルックスは大事だ。

 日本の比較的新しいブランド、スペック+のAP-50は一見するとテクニクスのSL-1200シリーズと何か関係ありそうだが、実際はない。また、キャビネットも樹脂製で大丈夫かと思うが、アルミダイキャスト製のターンテーブルはダイレクトドライブ方式で、これがけっこうまとまりのいい音を聴かせてくれる。ただし、いくつかポイントがあって、取り扱い説明書にきちんとこう書かれている。「ご使用の際には、できるだけ付属のカートリッジと内蔵のフォノイコライザーでお楽しみください。」そういう風に音を追い込んであるのだ。さらに「カートリッジを交換する際にはMM型またはVM型カートリッジをおすすめします。MC型カートリッジの場合にはハム音が出ることがあります。」つまり、製品としては上手にまとめられているが、外部の上級のフォノイコも薦めないし、MCカートリッジも実質的には使えない。実際テストしみたが、アースが取れないし、MC型を取り付けてはみたがハム音を消すことはできなかった。

 この上の値段になると、もちろん魅力的な製品もどんどん増えていって、たとえば、上級機のエッセンスを盛り込んだデノンのDP-500M(8万5000円)とか、オーストリアのメーカー、プロジェクトの98000円でなんとカーボンのトーンアーム付きのモデル、Debut Carbon(デビュー・カーボン)があったりするのだが、製品紹介はキリがない。そもそも1万円のアナログプレーヤーが売れているのでどうかなと思っている人向けにアドバイスさせてもらっている。


スペック+ AP-50


DENON DP-500M

 ふたつのことをお願いしたい。
 まず、アナログプレーヤー初心者の方に。
 かならず取り扱い説明書を読むこと。テキトーにやるときちんと再生できないということもあるし、そもそも機械自体を壊す可能性もある。針(カートリッジの先にあって、レコード盤と接しているスタイラス)も簡単に折れるし、レコード盤も傷つく。取説を読めばとりあえずその機種に関することは書いてある。

 もうひとつのお願いは、ベテランのオーディオマニアの方に。
 たとえば職場でアナログ初心者がプレーヤーを購入したんですよといった話題になった時に、自分のしゃべりたいことや膨大な知識を語らないでいただきたい。もしも向こうから何か質問してきたら、その質問してきたことに対してだけお答え下さい。自分のオーディオ観や趣味としての奥深さを語って、初心者をやりこめないように。詳しい人が詳しすぎるのがオーディオに限らず現状のさまざまなホビーについて言える。もっと自由でいいと思うし、わからないこと自体や失敗を楽しむのもありじゃないだろうか。



(2015年8月31日更新) 第91回に戻る 第93回に進む
鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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