コラム「ミュージックバードってオーディオだ!」

<雑誌に書かせてもらえない、ここだけのオーディオ・トピックス>

ミュージックバード出演中の3名のオーディオ評論家が綴るオーディオ的視点コラム! バックナンバー

第98回/音の立ち上がりと、音のしゃがみ [鈴木裕]  





 以前から気になるオーディオ用語として「音の立ち上がりと立ち下がり」の「立ち下がり」というのがある。この言葉、変じゃないか。鈴木裕が書いたりしゃべったりする時は、「音の立ち上がりと、しゃがみ」である。そりゃあそうでしょ。ちょっと考えてみてください。立ち上がったら、あとはしゃがむか座るか、歩きだすか倒れるか、あるいは立ち尽くすか。ウルトラマンだと飛び去ったりもするが、少なくともしゃがむのはごくごく常識的である。寡聞にして立ち下がっている人を見たことはない。音が「立ち下がっている」のを許しているオーディオの世界ってちょっと常識的じゃない。ま、いろいろと常識では推し量れないものがオーディオにあるのもまた真実だが。

 オーディオ機器において、音の立ち上がりやしゃがみの良さ、言い換えればリニアリティは重要である。音は、たとえばシンセの持続音、いわゆる白玉であってもその音を波形編集ソフトで見れば上下をくり返している。立ち上がってしゃがむのをくり返している。つまり波形としてみれば、音の実態とはかなり複雑な立ち上がりとしゃがみなのである。スピーカーの振動板をきちんと動かしたいアンプにとっても、カートリッジのトレースにとってもなかなか手強い要素だが、実はいま一番問題だと思っているのがD/Aコンバーターに関して。


http://www.akm.com/akm/jp/product/datasheet1/?partno=AK4490EQ&link_id=link405

http://www.akm.com/akm/jp/product/detail/0054/?link_id=link901
(旭化成エレクトロニクス株式会社
ホームページより)







AK4490採用のK-05X

 話を絞ろう。
 D/Aコンバーター部の心臓部とも言えるのがDACデバイス、いわゆるDACチップだ。黒くて薄い、イメージとしては1センチ角くらいの物体である。内部は電源部とかDA変換部とか、要するにそういう回路をごくごく小型化した高度な集積回路、LSIと言っていい。縁あって、旭化成エレクトロニクス(AKM)のDACデバイスについて3回目の取材をさせもらったが、だんだんこちらの理解も進んでくるし質問しにくいことも質問できるようになった。記事は『ステレオ』にそのうち掲載されるはずだが、その中でもっとも大事だと思ったのが音の立ち上がりとしゃがみに関する部分だ。

 現在、AKMの一番いい2チャンネル用のDACデバイスはAK4490(エソテリックのデジタルプレーヤー、K-05XK-07X。アステル&ケルンのポータブルプレーヤーAK380に採用)やAK4495S(同じくK-01XK-03Xに採用)である。いいというのはSN比であったり、対応しているサンプリング周波数が高かったり、実際問題として音がいい、という意味である。詳しくは
http://www.akm.com/akm/jp/product/datasheet1/?partno=AK4490EQ&link_id=link405
とか、
http://www.akm.com/akm/jp/product/detail/0054/?link_id=link901
を参照してほしい。

 AK4490やAK4495Sは5種類のデジタルフィルターが切り換えられる仕様になっている。それらのDACデバイスを使って、オーディオメーカーは実際のデジタルプレーヤー等にその切り換えを出来るようにしたりするわけだが、イラストはその5つのうちの特徴的な3つのフィルターによるインパルス・レスポンスを示した。一応、内部資料なので鈴木裕の魅惑の(一般的には、ヘタな)イラスト力で描き直させもらった。



Aが一般的なデジタルフィルター。BやCは、より特性のいい、忠実度の高い音を狙ったフィルターだ。そもそも横軸は時間の経過を表現しているので、Bのが元のインパルス音が立ち上がるタイミングに近い。Aは反応が遅れるし、音が大きく立ち上がっている前に実際の音にはない成分、プリエコーの音が付加されてしまっている。ただし、これ、実際に評価機を使って試聴してみると聴き慣れた音はAなのである。テストはCDを使っているのだが、Aは実にCDっぽい。Bはたしかに弦を弾いたり、シェーカーのような鋭い立ち上がりの成分のリニアリティが高まったり、空間の感じがさらに出てくるがちょっと問題も感じる。というのは実は周波数帯域によってはそのタイミングの位置がもっと遅くなったりする部分もあるらしい。つまり、位相が微妙に狂う、具体的に言うと楽器の位置が移動したりもする。自分が聴く限り、アコースティック楽器の多い音楽ではCが忠実度が高いように感じた。



 魅惑のイラスト

 インパルス応答という、かなり限定された部分をトリミングしたようなテストなので短絡的にすべてを語るわけにはいかないが、デジタル信号をアナログに変換する中心部とも言えるDACデバイスがこういう特性なのは非常に興味深い。現在でもアナログレコードの方が音像がくっきりするとか、空間表現力が高かったりするように感じるのは、位相という要素において優位性を持ったメディアなのかもしれない。

  あまり結論的なことを書くべき場でもないのできわめて恐縮ながら魅惑のダジャレで締めると、「デジタルは及ばざるがごとし」である。デジタルというと、原理的に音は変わらないとか、SNの数字が凄いとか、アナログよりも頭が良さそうとかいろいろ言われるがまだまだ技術的に詰めていく部分をたくさん持っている。現在でもずいぶん満足しているがDACチップひとつとっても様々な面が進化している。「音の立ち上がりとしゃがみ」の特性を見るだけでもそんなことを呟かざるをえない。

(2015年10月30日更新) 第97回に戻る 第99回に進む

鈴木裕

鈴木裕(すずきゆたか)

1960年東京生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。オーディオ評論家、ライター、ラジオディレクター。ラジオのディレクターとして2000組以上のミュージシャンゲストを迎え、レコーディングディレクターの経験も持つ。2010年7月リットーミュージックより『iPodではじめる快感オーディオ術 CDを超えた再生クォリティを楽しもう』上梓。(連載誌)月刊『レコード芸術』、月刊『ステレオ』音楽之友社、季刊『オーディオ・アクセサリー』、季刊『ネット・オーディオ』音元出版、他。文教大学情報学部広報学科「番組制作Ⅱ」非常勤講師(2011年度前期)。『オートサウンドウェブ』グランプリ選考委員。音元出版銘機賞選考委員、音楽之友社『ステレオ』ベストバイコンポ選考委員、ヨーロピアンサウンド・カーオーディオコンテスト審査員。(2014年5月現在)。

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