コーヒー焙煎所“縁の木”の白羽さんが持続可能な「KURAMAEモデル」を始めた理由

2022.4.22 | Author: 大塚有紀
コーヒー焙煎所“縁の木”の白羽さんが持続可能な「KURAMAEモデル」を始めた理由

東京の下町、蔵前にはカフェや焙煎所が数多く点在している。そのなかにコーヒー焙煎所「縁の木」がある。知的障害の子どもを持つ会社員の白羽玲子さんが、2014年に創業。当初から福祉作業所と連携し、縁の木で「施設外の就労訓練みたいなこと」もしていた。今ではサーキュラーエコノミー「KURAMAEモデル」を作り、福祉作業所やメーカーとコラボした商品が発売されるまでに。焙煎所からなぜ循環型モデルを作ろうと思ったのか、その背景を聞いた。

2022/05/07更新:縁の木「蔵前Coffeeプロジェクト」からの告知を文末に追加しました。

14年間勤めた会社を辞めて、起業する

白羽さんは大学卒業後、大日本印刷に就職。7年間勤めて、出版社の翔泳社に転職した。その間に結婚して子どもがふたり生まれたが、不安なことがあった。次男は1歳になっても、2歳になっても、名前を呼んだ時に振り向こうとしなかったのだ。耳が聞こえていないのか不安になり、2歳半の時、耳鼻科に連れて行った。しかし脳波の検査をしたら、音の反応はある。医師はこう告げた。

「残念ながら声は聞こえていて、無視しているようです。知的な遅れですね」

検査の結果、自閉症と診断された。

これからどうやって知的障害の子を育てるのか……

次男の障害を母に話したら、かなり動揺していた。「知的障害の子が生まれてきたら、きっともう親離れができない。私と玲子がふたりで旅行に行く機会はもうないわ」そういって落ち込む母を見ながらも、白羽さんは冷静だった。自閉症の子どもを育てることがどういうことなのか、なにもわからない。ただその状況を受け止めるしかなかった。母には「そんなに落ち込まないで。大きくなったらわからないじゃない」と声をかけた。

母とは頻繁に電話をしていたが、ある日、電話をかけても出なかった。調子が悪くて、早く寝たのかもしれない。しかし翌日の朝にもう一度、かけても出ない。昼になっても連絡がとれず、実家へ向かった。母は椅子に座ったまま亡くなっていた。

子育てで頼れる母を失い、この先、次男が小学生になった時、会社員を続けることが厳しくなるのは想像がついた。さらに、これから次男が成長して、親が死んだあと、この子はどうやって生きていくのかと考えた。

調べてみると、知的障害者の仕事は、クッキーやパンを焼く、箸袋に箸を入れる、シール貼りといった内職、掃除などが多い。特別支援学校では得意を伸ばす教育と言っているのに、得意を伸ばしても仕事の受け皿には多様性がないことに疑問を感じた。

そこで白羽さんは決意する。

「障害を持つ人の仕事のバリエーションを増やせば、自分の適正にあう仕事が見つかるかもしれない。出版社ではできないなら、よし、起業しよう」

その1年後、14年間勤めた翔泳社を辞めて、起業に向けて動き始めた。

 

焙煎所「縁の木」をオープンする

2014年2月、株式会社縁の木を立ち上げた白羽さんは、名刺を持って福祉作業所を訪ねた。就労継続支援B型の福祉作業所とコラボしたいと考えていたのだ。就労継続支援B型というのは、企業などと雇用契約を結ばず、障害の程度や体調にあわせて軽作業などの就労訓練を行う福祉サービス。白羽さんの息子は成長したときにこのB型に当てはまる可能性が高かった。ちなみに、B型でやる仕事は圧倒的にお菓子を作ることが多いという。

それなら知的障害者が作るクッキーやパンを白羽さんが仕入れて、販売できると考えた。白羽さんは紅茶が好きだから「紅茶とクッキーでコラボしたら絶対いいはず」と閃いた。すぐに静岡県で紅茶を作っている生産者に話を聞きに現地へ向かった。茶葉の栽培方法を聞くうちに、紅茶を作るには三十畳の広さがあればできることがわかった。しかし、都内で三十畳の土地を借りたら、相当な金額になる。障害者のために作業をたくさん生み出すことを優先し、すぐに紅茶を諦めた。

次に思いついたのは、コーヒー。狭いスペースでもできると知っていたからだ。ところが、前職の役員に焙煎屋を開くと話したら「そんな簡単にはうまくいかないよ。家賃や光熱費の固定費、いくらかかるの」と言われた。その時に、「会社に来て広告営業の企画を手伝ったり、クライアントとの調整をしてほしい」と提案された。

蔵前にある焙煎所『縁の木』

それから一年間、白羽さんは翔泳社と焙煎屋の二足の草鞋。翔泳社からの業務委託費は、すべて縁の木の家賃や光熱費に回した。クライアントのなかには、手土産やノベルティで緑の木の商品を買ってくれる人もいた。最初の2年間、縁の木のお客さんは白羽さんの知り合いが90%だった。

ここで、縁の木の焙煎について話したい。一般的な焙煎機は、1キロ〜3キロ焙煎できるのに、縁の木の焙煎機は、一回に400グラムのみ。なぜ?

「豆を多く焼いて在庫を抱えて、古くなったら捨てるのが嫌いで。注文を受けてから、ちまちま焼くほうが性に合ってたんですよね」

知り合いからは、その日ぐらしの商売よくやるね。と言われることも。

「縁の木」店内に設置された焙煎機

一度に400gまでしか焙煎できないが、一つひとつの焙煎具合を丁寧に確認できるメリットもある

 

コーヒーで出るゴミを減らしたい

捨てるのが嫌い、その理由は白羽さんの育ちにあった。

白羽さんの育った家はゴミの少ない家庭で、特に食べ物に関してはそれが顕著だった。例えば、野菜の皮は千切りにして一夜漬けにする、鶏肉のすじはスープの出汁にとるなど、工夫を凝らして活用していた。自然とそれが当たり前になり、白羽さん自身が家庭を持っても食材の無駄がなかった。

「周りと比べて、うちってゴミが少ないんだ」と気づいたのは、コンポストマシンを置いたのがきっかけ。縁の木のスタッフや近隣の店、各家庭など、それぞれ出た食べ物のゴミを入れて、何グラム、何を投入したのか、レポートを書いた。そうしたら、白羽さんが出すゴミは他の人と比べて1/3の量だった。

とある場所の協力を得て地域に設置されたコンポストマシン

地域の協力と理解を少しずつ獲得しながら、家庭や店舗から出る生ごみを地域でアップサイクルしている

焙煎屋をやっていて、常に感じていたのは「コーヒー業界はなんてゴミが多いんだろう」。

コーヒーを淹れるいくつもの過程で、多くのゴミが出てくる。お湯で抽出したカス、焙煎したときに出るチャフ(豆の皮)、欠点豆という虫くいやカビが生えている豆、コーヒーの味や品質を確かめるためにカッピング(テイスティング)したあとの豆など。コーヒーは捨てるものが多く、実は粉にしてから上澄みしか飲んでいない。蔵前の知り合いのカフェや焙煎所で、白羽さんは「もったいない」と、縁の木をオープンしてから8年間言い続けてきた。

白羽さんは試行錯誤しながら、福祉作業所と連携して、地域で循環できるサーキュラーエコノミー「KURAMAEモデル」を企画した。地域で出る珈琲のゴミを資源として、福祉作業所が集めて加工し、それをメーカーが商品にしようという試みだ。周りには「なんかあったら協力するよ!」と応援してくれる同業者も多かった。

ある時、Twitterで廃棄物や不用品を別の新しい製品にアップグレードする、アップサイクル製品を企画している人に向けて、KURAMAEモデルのことをツイートした。すると突然、「KURAMAEモデルに興味があるのでお会いしましょう」とメンションが返された。それがアサヒグループホールディングスとの出会いだった。

 

KURAMAEモデルでストーリーをつける

アサヒグループホールディングスにはサスティナブルな商品企画を行う担当部門があり、フルオープンスタイルの蓋を開けると泡がどんどん出てくる「生ジョッキ缶」なども企画した古原徹さんとお話しすることができた。白羽さんは同社と話をする過程で、テストで焙煎したもの、カッピングした豆でクラフトビールが作れるのではないか、という提案を受けた。

福祉作業所のスタッフが地域の焙煎所を巡り、カッピングした後の豆を集める。それをアサヒグループホールディングスのクラフトビール工房「TOKYO隅田川ブルーイング」で黒ビールと混ぜる。それが同社とコラボして初めて作ったサステナブルクラフト(実際の表記は発泡酒)「蔵前BLACK」だ。これが評判よく、同社から「KURAMAEモデルってコーヒーじゃなくてもいいんですか?」と打診された。白羽さんは「福祉作業所の仕事になるのなら、何でもいいですよ」と応じた。

駆け抜けるような活動の日々の中で、全国の福祉作業所などの魅力ある商品と出会い、取扱いをしている

「パンを使ったビールを作りたいんです。パンの耳は出てこないですか?」そう言われて、1軒、サンドイッチ屋があると話した。そのサンドイッチ屋の協力を得て、いざ、パンの耳でビールを作ろうとしたら、ふたつの問題が出てきた。ひとつは、福祉作業所でパンを集めてアサヒビールに渡すと数日かかること。その間、パンにカビが生えてしまう。ふたつ目は、パンのやわらかい部分は水気がつくと膨らむこと。そうすると、製造過程でパイプが詰まる原因となるのだ。

そこで、福祉作業所にあるオーブンで、パンを「から焼き」してもらおうと考えた。から焼きでラスクにしてから粉状にする。それでカビと詰まりの課題をクリアして、新しいテイストのビール「蔵前WHITE」ができあがった。この仕事に携わった福祉作業所の人たちはとても喜び、母親を連れて TOKYO隅田川ブルーイングまで行き蔵前WHITEを飲んだ人もいるという。

この事業は、アサヒグループホールディングスのグループ会社で、地域の社会課題解決に貢献する、サステナビリティに特化した新事業会社アサヒユウアスに引き継がれ、コラボが続いた。4月にはコーヒーの香りがするエコカップ、森のタンブラーが発売される予定だ。森のタンブラーは、アサヒビールとパナソニックが共同開発したもの。間伐材など有機資源を原料として作られていて、すでに、ヒノキ、麦、笹などのタンブラーが発売されている。そして今回、KURAMAEモデルによって集められたコーヒーのタンブラーが作られた。

取材時に見せてもらったが、タンブラーそのものからコーヒーの香りがする。コーヒー好きにはたまらないと思う。ぜひ手に取ってみてほしい。

中央がコーヒーの香りがする森のタンブラー 取材時は試作段階だったためロゴがない状態

蔵前でサーキュラーエコノミーを実現させた白羽さんは、人が喜ぶことが大好きだと笑顔で話した。

「営業時代から担当の人が喜ぶことをすることが嬉しかったんです。担当者の株が上がって、私の売上にも直結する。それが楽しかったし、まるで趣味と実益を兼ねているような感じでした。今は縁の木の社員さんやパートさんが喜ぶとか、福祉作業所やメーカーさんが喜んでるはずとか。とにかく喜んだ顔が浮かぶ人と一緒にやっていきたいですね」


【縁の木「蔵前Coffeeプロジェクト」からの告知】
「蔵前の学校・事業者の調理時に出る端材を資源としてたい肥化するコンポストマシンの運用を応援してくださる企業様、団体様、個人様を募集しています。植物性のコンポストや生ごみ処理機を各家庭で育てる取り組みと並行して、事業ごみも動物性の資源もたい肥にできるコンポストマシンを地域に1台運用することは、これから都会の小さな街が共助でごみを資源に変える取り組みとして、必ず一つのスタンダードになれると考えています。応援、お問い合わせ、よろしくお願いいたします」(白羽さん)
お問い合わせ先:
https://en-no-ki.com/kuramae/

取材・文 = 大塚有紀
編集 = 川内イオ
撮影 = ロコラバ編集部(株式会社トランジットデザイン)

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