「本の居場所を減らさない」 “ブックコーディネーター”が仕掛ける、本を売る“仕組み”づくり

2023.4.20 | Author: 原由希奈
「本の居場所を減らさない」 “ブックコーディネーター”が仕掛ける、本を売る“仕組み”づくり

春の到来がぼんやりと感じられるようになった3月のある朝、札幌の南東にある仏壇店「あみだ堂」へ向かった。片側2車線の広い国道を曲がると、看板に「仏壇・仏具・読書スペース」と書いてあるのが見え、目を惹かれた。

 

中に入ると一見ごく普通の仏壇店だが、一つひとつの仏壇をよく見ると、中に本が立てかけてある。店の奥には子ども用のプレイスペースがあり、その向かいに、背の高い本棚があった。そこに並ぶ本をコーディネートしているのが、ブックコーディネーターの尾崎実帆子さんだ。

 

尾崎さんの存在を知ったのは、8カ月前にある商店街を訪れたときだった。ランチで入ったカフェに色とりどりの本が並ぶ本棚があり、私も気になる一冊を手に取って読んだ。本のタイトルは忘れてしまったものの、真夏の明るい陽射しが差し込む店内でその本を開いたときの、温かく優しい気持ちを覚えている。店主の方がそのとき、尾崎さんの名刺を渡してくれた。尾崎さんに当時の状況を伝えると、嬉しそうに笑った。

 

「そのとき、どんな本が並んでいたのかなぁ。季節によって変えているので」

 

尾崎さんはこれまで、50件以上のブックコーディネートを担当してきた。過去には大手商業施設の複数フロアを担当。キッチン用品売り場ではコーヒーの淹れ方に関する本、化粧品売り場では美容や恋愛に関する本……というように、置く場所のテーマに合わせて本をコーディネートする。尾崎さんの事業のテーマは、「適“本”適所」だ。

 

「ブックコーディネーター」という肩書きで活動する人は、日本国内に、尾崎さんを含め数人しかいない。過去には東京の大手出版社で働いた経験もある尾崎さんは、なぜ札幌に移り住み、この仕事を選んだのだろうか?

 

「本屋が厳しいなら、私が売りたい」

尾崎さんは1976年に生まれ、茨城県で育った。子どもの頃から本が好きで、高校生までは好奇心の赴くままに、小説やノンフィクション、児童書に至るまで好きな本を手に取った。が、大学生になると「根が真面目」な尾崎さんは、授業やレポートに必要な評論や専門書ばかり読むようになったという。

大学では「政治学や行政寄りの社会学」を学び、卒業後は、法律の専門書を扱う東京の出版社に就職した。尾崎さんは出版物の制作進行や営業補助を担当していて、残業は少なく、毎日ほぼ定時過ぎに退社する生活。大学時代はアルバイトにレポート作成にと忙しかったのに、いきなり時間ができたため、仕事帰りや休日に図書館や本屋に寄るのが日課になった。

「大学に入るまでは、もっと自由に本を読んでたよな。でも、何を読んでたんだっけ? と思って、会社帰りに青山ブックセンターや八重洲ブックセンターに寄って、とりあえず店内を一周して話題の本を見たりしていました。お金がそんなになかったから、買うことは少なかったですけど……休みの日にはわざわざ遠くの図書館まで足を伸ばしていましたね。駅前に本屋がある町を選んで、引っ越したこともあるんです(笑)」

1999年のある日、会社帰りに本の即売会に立ち寄った尾崎さん。よく見ると、自己破産する絵本の出版社のセールだった。

「なくなっちゃうのか……。私そういえば、絵本も好きだったな」

そのとき出版社の社員が、「本がお好きなんですか?」と尾崎さんに声を掛け、こう続けた。「出版業界は厳しい。つくっても売れないんです」

出版業界が厳しいってどういうことなんだろう? このまま売れなかったら、「本」がなくなってしまうのだろうか。それなら、私も本を売る側になってみたい。尾崎さんはこのとき思った。

その1年後、尾崎さんは会社員生活に終止符を打った。人に恵まれ、仕事も楽しい。年功序列でお給料が上がり、ある程度の年齢になると役職がつく。それは「安定」を求める多くの人にとっては魅力的に映るだろうが、尾崎さんの中ではすでに「本屋をひらきたい」という気持ちが固まっていた。

2001年10月、家庭の事情で札幌へ移住することになった。「本屋をひらく」ことへの思いは消えていなかったが、尾崎さんが選んだ道は「起業」ではなく、地元のタウン情報誌を扱う出版社で働くことだった。「本屋をひらくなら、札幌のことをもっと知らなきゃ」と思ったのだという。

入社面接での尾崎さんはとてもストレートだった。「札幌で本屋をやりたいんです。でもお金がないので、本屋を開くためのお金を貯めたいのです」と開口一番に伝え、「いつごろの開店を考えているんですか?」という問いには「10年後です」と答えた。志望動機も「札幌のことを知りたい」と正直に話した。すると、すぐに採用された。

尾崎さんが希望したのは営業職。書店経営者になるために、会社の売上に直結する仕事を経験しておきたかった。

「自分が営業が苦手なのもわかっていたので、克服したい気持ちもあって。ただ、営業から広告企画の仕事に異動し、それが面白くなってきて、いつの間にか本屋の夢からどんどん離れていってしまって……」

結婚・出産を経たことも大きかった。尾崎さんは産休・育休をとって仕事を続けたが、長男が小学校に入学するタイミングで一旦、8年間勤めた札幌の出版社を退職することにした。2010年のことだった。尾崎さんが「10年後」と宣言した年まで、あと1年。

 

ハローワークで見つけたチラシ

退職後にハローワークで雇用保険の受給手続きをしたとき、あるチラシが目に入った。「月に3万稼げる起業家になろう」がコンセプトの、女性向け起業セミナーのチラシだった。「参加費は無料」とあり、尾崎さんは2週間に1回、合計10回のセミナーを受けてみることにした。

講義の内容は「名刺のつくり方」から資金周りのことまで手厚く、「何か始めたいけれど、何をしたらいいかわからない」人に向けたコンサルもしてくれた。そのなかの「自分の夢を絵にしてみましょう」という課題で尾崎さんが描いたのは、本棚にずらっと本が並んでいる絵だった。

(そういえば私、本屋をやりたいって思ってたな)

尾崎さんは思い出し、あらためて書店経営について調べてみた。それで知ったのがブックコーディネーターとして活躍する内沼晋太郎氏や幅允孝氏の存在だった。ただ店舗を持つには、数百万円の保証金に加え、約40坪以上の売り場が必要なことも知った。

「10年間で、意外とお金が貯まらなくて……(笑)。店舗を持つのは無理だし、これからまたお金を貯めるために働くのは遠回りすぎる。それなら、もっと小さな範囲でやればいいのでは? と思ったんです」

でも、やり方がわからない。内沼氏や幅氏に聞くのもハードルが高い。そこで尾崎さんは、思い切った行動に出た。

「取次に直接電話して、『本屋をやりたい。店舗はありません。ちょっとお話聞いてもらえませんか?』と伝えたんです。だって本当にやり方がわからないし、もう聞くしかない! と思って。それで『できない』と言われたら『あ、できないんだ』と諦めもつくけれど、できるかできないかは、聞いてみないとわからないから」

取次とは、出版業界の「問屋」のことだ。出版社と書店の間に入って、出版社の代わりに書店へ本を卸す。一個人が問屋に電話してもモノを売ってもらえないのと同じで、尾崎さんもダメ元だった。が、結果はYESだった。その取次はスーパーやドラッグストアのほかに、個人経営の雑貨店などにも本を卸しており、尾崎さんのチャレンジにも理解を示してくれた。「店舗は必須ではない。ただし現金取引で」とのことだった。

仏壇に溶け込むように並べられた本。あみだ堂も人伝いに尾崎さんのことを知り、依頼したという

 

ある書店主との出会い

同時期、尾崎さんはある講演会へ行った。「なぜだ!? 売れない文庫フェア」「本屋のおやじのおせっかい 中学生はこれを読め!」などの斬新な企画で、札幌の本好きなら知らない人はいないであろう「くすみ書房」の店主、故・久住邦晴氏の講演だ。

100人以上が参加する講演会の質疑応答タイムで、尾崎さんは一番に挙手し、久住氏に質問した。

「5年後、10年後のくすみ書房について、何か展望はありますか?」

講演会が終わったあと、尾崎さんは久住氏のところへ「先ほど10年後の……という質問をした尾崎と申します」と挨拶に行った。すると、「いやぁ、あの質問ちょっと刺さったよ」と久住氏。“質疑応答で一番に質問すると印象に残りやすい”というのは、起業セミナーの講師からのアドバイスだった。

「私、本屋をやりたいんですけど、店舗がなくて。これからどうしたらいいかな? と思って今日の講演を聞きに来たんです」
「じゃあ、今度ゆっくり話をしようよ」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
「(電話番号を渡してくれ)いつでもいいから連絡して」

久住氏と尾崎さんの間でそんな会話が交わされ、1週間後、尾崎さんはくすみ書房を訪れた。

「1時間くらいお話したかな。『尾崎さんみたいな人、これからの本屋には必要なんだよ』とすごく後押ししてくださって。店舗を持つ有名な本屋さんに『店舗を持たずに本屋をやりたい』なんて聞くのは無謀すぎるんじゃ? と不安でしたが、久住さんは『店舗ってのはね、動きづらいんだよ。(本当はぼくたちは)本を届けに行かなきゃいけないんだよ』と。そっか、間違えていなかったんだ! と目の前が開けた感じがしました」

内沼氏や幅氏のやり方を引きつづき調べ、「これならやれそうだ」と思い始めた2011年の春、初めて仕事のチャンスが訪れた。起業セミナーの講師のひとりが器(うつわ)の販売をする起業家で、あるイベントで「器と一緒に本を売ってみない?」と誘われたのだ。

初仕事では新刊を仕入れるのがまだ怖く、自身で用意した古本を30〜40冊ほど並べた。イベントにどれぐらいの人が訪れたのか、尾崎さんは知らない。本のコーディネートを終えたらその場から立ち去るからだ。しかしお客さんのひとりが、「これは面白い、うちでもやりたい!」と連絡をくれた。

「うち(雑貨店)でも本を置きたいと思っていたんだけど、どうやって仕入れたらいいかわからなくて。尾崎さん、やってくださる?」

——仕事が仕事につながった! 尾崎さんは舞い上がる気持ちだった。さらに、人づてにブックコーディネートを知ったお客さんが「こういうの、やりたい!」と連絡をくれ、人から人への紹介で契約店舗が増えていった。

 

数百冊の「返品」に慌てたことも

大手商業施設から突然問い合わせがあり、各フロアに置く本のコーディネートの依頼を受けたこともある。それまで1件あたり合計50冊前後、1〜2カ月の頻度で更新していく仕事が多かったが、このときは初めに約350冊を納品し、2〜3カ月に一度、季節感やフェアなどに合わせて入れ替えた。たったひとりでこなすには大変な作業だったが、やりがいを感じていた。

ところが3年ほどして、契約打ち切りの連絡がある。

「申し訳ありませんが、本をすべて返品させてください」

尾崎さんは初めてのことに慌てたという。返品分のお金を返金しなくてはいけないからだ。その額、約100万円以上。

出版業界には「返本制度」という、本を返品できる制度がある※。ただ、現金で返金してもらえるわけではなく、今まで仕入れていた分の売掛額から相殺される仕組みなので、尾崎さんの手元に現金は戻らない。
※「一定の期間内に売れなかった本」などの条件あり

「とにかく急いで返品作業を終えて、今までの売掛額を帳消しにするという荒技で(笑)」ことなきを得たが、尾崎さんは、「ダンボールいっぱいに本が返却されたときは……辛かったですね」と振り返った。

ところで尾崎さんは、どのようにして収入を得ているのだろうか? 尾崎さんに伺うと、想像よりもずっと地道でコツコツとした利益の出し方に驚いた。

たとえば、数千円の本を30冊置きたいとしたら、尾崎さんは取次から卸値で30冊仕入れ、ブックコーディネート先に置く。本が売れた場合、1冊当たりの利益は数百円。この利益率は書籍の取扱い量によっても異なるそうだが、「雑貨などの商品に比べても、書籍の利益率はかなり薄い」のだという。

尾崎さんの場合はこのほかに「ブックコーディネート料」を設定しているが、「会社で働くぐらいの収入は得られますか?」と聞くと、きっぱりと「ならないですね(笑)」という。では、なぜやるのだろうか。

「本の居場所をなくしたくないから、ですね。本がなくならないためには、本を並べて置くだけではなく、あくまでも“売ること”にこだわりたいんです」

尾崎さんはブックコーディネーターの活動のかたわら、雑誌制作や児童書・絵本の書評を書く仕事にも携わっている。「何のためにほかの仕事をするかというとね、ブックコーディネーターをやるためなんです」(尾崎さん)


本が売れる“しくみ”づくりを

尾崎さんのアイデアは多彩だ。たとえば「ブラインドブック」。本の中身が見えないように包装し、見る人の好奇心をそそるもので、全国の書店や図書館で実施しているところも多い。尾崎さんはこれらをヒントに、「名刺文庫」と「覆面恋愛文庫」をつくった。

名刺文庫は、契約先のカフェから「新社会人になる学生たちへのはなむけ」というテーマで依頼を受けたときに閃いた。約40冊のブラインドブックに登場人物の名刺を1枚つけ、「どの職業の本が読みたいですか?」と書かれたポップと共に並べる。登場人物が銀行員ならかっちり系、クリーニング店の店主なら清潔感のある水色系というように、名刺のデザインにもこだわった。「どうコーディネートするか」を考える時間は、尾崎さんにとって至福のひとときだ。

名刺文庫は約2カ月で35冊、覆面恋愛文庫は、用意した30冊がほぼ完売した。

何歳と何歳の登場人物が恋愛している物語か? を記載した「覆面恋愛文庫」

2011年に「さっぽろブックコーディネート」を立ち上げてから12年。2015年からは、「北海道ブックフェス」の実行委員長として、道内で本にまつわるさまざまなイベントも開催している。

その根底にあるのは、「書店以外の場所でも本を買える、しくみづくりをしたい」という想い。

「ブックコーディネート先のお店では、販売した本のタイトルや価格が記載されたスリップ(短冊)を取っておいてくださるんです。ブックコーディネートした本が売れるのは、(たとえばあみだ堂では)平均して1カ月に2〜3冊なんですが、それでも積み重ねると、これだけの量になるんだなって。私は売場にいないので、どんな方が買っていかれたのかは見られません。でもその方は、買った本を持ち帰って家で読んでくれているんだなぁ、もしくは誰かへのプレゼントだったのかな、お孫さんに読み聞かせているのかな……とイメージして、うれしくなります」

 

文・取材・撮影 = 原由希奈
編集 = 川内イオ

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