畑育ちのエビ誕生!人気寿司チェーンも注目「エビ養殖」の舞台裏|千葉県鋸南町

2022.10.4 | Author: 川内イオ
畑育ちのエビ誕生!人気寿司チェーンも注目「エビ養殖」の舞台裏|千葉県鋸南町

常識外れのアイデアに挑む元保険セールスマン

 

周囲には、山と田んぼ。日本の地方に行けばどこにでもあるような長閑な景色のなかに建つ農業用ビニールハウスのなかで、立派なバナメイエビがピチピチッと勢いよく跳ねていた。

 

バナメイエビはクルマエビ科で、海の生き物だ。国内でもっとも流通量の多いエビと言われているから、名前にはなじみがなくても食べたことがあるという人がほとんどだろう。ところで、なぜ海にいるはずのバナメイエビが里山のビニールハウスに? これは、使われなくなった農地を活用して、バナメイエビを陸地で養殖しようという日本初の試みである。

 

都内から東京湾アクアラインを通り、千葉県に入ってからおよそ30分。太平洋に面した人口7000人の小さな町、鋸南町がこの挑戦の舞台だ。「3トントラックで90往復して、200トンの海水を運びました。10日もかかりましたよ」と苦笑するのは、平野雄晟さん。耕作放棄地に建てたビニールハウスのなかに水槽を設け、2021年8月、タイから20万尾の稚エビを輸入して養殖を始めたベンチャー、Seaside Consultingの代表だ。

 

保険セールスマンから畑違いの陸上養殖に転じた平野さん

 

平野さんは、直径0.1ミリメートル未満の微細な泡「ファインバブル」を使った環境技術によって海水を浄化する仕組みを導入。排水せずに海水を循環させることで、環境に負荷をかけない養殖の実現に挑んでいる……のだが、もともと養殖業者でもなければ水産業にも無縁、東京でバリバリ働く保険のセールスマンだった。

 

腕に自信のある営業マンが集まり、「営業マンの甲子園」とも評されるプルデンシャル生命保険で表彰されるほどのキャリアを歩んできた平野さんがなぜ、「畑でエビを養殖する」という常識外れのアイデアに身を投じたのだろうか?

「もっと社会の役に立つ人間になろう」と大学へ

1992年に同志社大学を卒業した平野さんは、損保大手の安田火災(現損保ジャパン)に入社。契約している保険の販売代理店を回り、売り上げを伸ばすサポートをする「ソリシター(保険会社代理店営業)」として12年間、働いた。

その営業成績を評価され、スカウトを受けてプルデンシャル生命保険のライフプランナーになったのが2004年、34歳の時のこと。保険の契約数が収入に直結するフルコミッション(完全歩合制)の職場で、仕事に没頭した。

「各業界のトップセールスマンたちが集まってきて順位を競う、非常にコンペティティブな会社でしたね。下りのエスカレーターを下から駆け上る感じで強烈な仕事でしたけど、私はそういう厳しい環境に身を置くのが好きなので、やりがいを感じていました。百万ドル円卓会議(「Million Dollar Round Table/MDRT」ともいう。世界の保険セールスマンの上位5%だけが入会可能)のメンバーにも入ることができました」

初年度から成果を上げ、2年目から2年連続で成績優秀者として表彰された。これで一気に収入が増えた平野さんは、一度、立ち止まった。

「これから先50年の人生を考えて、もっと社会の役に立つ人間になろう」

36歳の時、著名な経営コンサルタント、起業家である大前研一さんが主宰する通信制のビジネススクール、ビジネス・ブレークスルー大学に入学。保険のセールスマンを続けながら2年間学び、MBAを取得した。この間に「定年までフルコミッションの営業マンを続けるのか? もっと違う道があるはずだ」と感じるようになった。

ただ当時は、「違う道」が思い浮かばなかったため、39歳でプルデンシャル生命保険を辞め、アリコジャパン(現メットライフ生命)に移った。新しい職場で内勤業務に就き、「2、3年でやりたいことを見つけて、独立しよう」と考えていたそうだ。ところがプライベートで躓いてしまい、独立や起業を考えるような精神状態ではなくなって、4年、5年と働き続けることになった。

 

中国からのオファー

転機が訪れたのは、2015年。環境問題を専門とするジャーナリストのセミナーに参加した際に、日本にはさまざまな環境技術があることを知った。その瞬間、暗闇のなかでパッと外灯がつき、進むべき道を示してくれたような気がした。

「私はビジネス・ブレークスルー大学に通っていた頃から環境問題に関心があって、自然と共生するようなビジネスができないかと考えていました。でも、具体的な案がなかったんです。このセミナーで、素晴らしい機能を持ちながら世の中に広がってない日本の環境商材がたくさんあると知って、残りの人生はそれらを普及させることに懸けようと思いました」

このセミナーを受けた年、45歳で環境商材の販売を目的とした会社、グローバルグリーンマーケティングを設立。平野さん自身は会社で勤務を続けつつビジネスの構想を練り、資料を作り、妻の彩さんが実務を担う形で起業した。

営業力に自信を持つ平野さんは当初、「環境商材の営業代行」をしようと考えていた。日の目を浴びぬまま埋もれている環境商材を発掘し、それを必要とする企業に営業をかけて、成約したら仲介のフィーを得るというビジネスモデルだ。ところが起業から間もないある日、知り合いから意外なオファーが届いた。

「中国で、ファインバブル発生装置を用いて養殖の環境改善、収量アップ、成長促進に取り組む人を探している。やってみないか?」

平野さんはファインバブルも、養殖についてもよく知らなかったが、その時は勢いだけで「ぜひお請けしましょう」と返事をした。蓋を開けてみると、中国側のパートナーは中国科学院海洋研究所。平野さんによると「日本で言えば水産庁みたいなところ」で、「すごいところが出てきた!」と驚いたという。

研究所の職員とミーティングをしたところ、バナメイエビの養殖でファインバブル発生装置を使いたいということだった。バナメイエビについても知識ゼロだった平野さんだが、ひと通りの話を聞き、研究所のニーズに合うものを探すため、日本でその装置を開発している複数のメーカーを訪ねた。

 

ファインバブルの効果とは?

日本発の技術であるファインバブルは、先述したように直径0.1ミリメートル未満の微細な泡を指す。この小さな泡は浮力が弱いため、すぐに浮上することなく水中を漂う。また、マイナスの電気を帯びており、ほかの泡と反発しあって拡散する。

ファインバブルは水中の汚れを吸着する性質があり、水質浄化の効果が科学的に認められている。昨年4月に公表された経済産業省のリリースにも「トイレや衣料品、農作物の洗浄水量の削減、海洋水質浄化、ものづくり工程における油分の洗浄効率向上など環境保全等の効果が期待できる」と記されている(「ファインバブル応用技術の持続可能な開発目標(SDGs)への貢献評価を示したガイドラインが国際標準化されました」2021年4月27日)。

ファインバブルについて学びを深めた平野さんが目を付けたのが、熊本県立大学環境共生学部の教授、堤裕昭さんが開発した「eco-バブル」。この装置は単位電力あたりのバブル発生量が多いだけでなく、ファインバブルを通して水中に大量に酸素を送り込むことで養殖魚やエビの成長が大幅に促進されるという効果もあった。

大学での研究対象のためさまざまなデータとエビデンスが揃っており、中国科学院海洋研究所のような公的機関とも相性がいいだろうと考えた平野さんは堤教授に声をかけ、2016年2月、ともに中国へ向かった。

それから8カ月かけ、現地で実証実験が行われた。「eco-バブル」を入れた水槽と従来の水槽を比較したところ、確かに「eco-バブル」の効果はあった。しかし、中国科学院海洋研究所が期待するような劇的なパフォーマンスを発揮するには至らず、正式な契約は見送られた。平野夫妻にとっては残念な結果になったが、この8カ月はバナメイエビの養殖のリアルと課題を知ることにつながった。

 

中国で目の当たりにした環境汚染

世界ではバナメイエビ、クルマエビ、ブラックタイガーなどエビのニーズが爆発的に高まっていて、生産量も急増。2019年の全エビの総生産量は約966万トンで、1985年の約5倍に及ぶ。

天然モノには限りがあるので、増加分は養殖でカバーするしかない。エビのなかで圧倒的なシェアを持つ養殖バナメイエビの量は、2019年に544万6216トンに達した。なぜ、養殖バナメイエビが全エビの生産量の半分以上を占めるのか? それは味の良さに加えて、養殖しやすいからだ。

「クルマエビやブラックタイガーは砂に潜る性質があるので、養殖する時には厚めに砂を敷かなくてはなりません。その砂のなかに糞やエサの残渣が紛れ込んで、雑菌が繁殖します。また、養殖と養殖の間に砂を出して日光消毒するので、手間がかかります。一方のバナメイエビは砂に潜らないので砂の管理の手間が省けるうえ、単位面積当たりの収量が多くなるのです」

バナメイエビの原産地は中南米と言われているが、養殖は東南アジアで盛んにおこなわれている。養殖生産量のトップは、シェア3割超を占める中国。その現場では、平野さんが「看過できない」と思うほど、環境汚染が常態化していた。

「私が見た中国の水槽はかけ流しで、1日におよそ20%の水を捨てて新しい水を入れることを繰り返していました。当然、水質改善剤、抗菌剤、エサの残渣や糞などが混ざった水が施設外に放流されていました。そのような環境なので、病気が発生してエビが全滅したという話もあちこちで聞きました」

バナメイエビの養殖は、ほかの地域でも環境破壊につながっている。例えば、バナメイエビの養殖で世界6位のタイでは、広い土地を確保するためにマングローブ林を伐採して田んぼのような状態にしてから、海水を引き入れる。そこに稚エビを放した後、莫大な量のエサを投入する。エビは共食いする性質があるので、互いに関心が向かないように、エビの周りをエサで覆うのだ。

タイでは縦40メートル、横40メートル、計1600平米の巨大な水槽を「1ライ」という単位で表す。ひとつの養殖場で4ライから10ライの水槽を抱えており、そこで食べ残しのエサや薬剤、糞などを垂れ流し、限界まで養殖をしたら埋め立てて、リゾート開発会社に売るのがよくあるパターンだという。このビジネスモデルによって、タイでは過去40年の間にマングローブ林が半減してしまったそうだ。もちろん、タイだけでなくバナメイエビの養殖が盛んな地域は、どこも似たようなものである。

 

耕作放棄地で陸上養殖を

日本で流通するエビの9割は輸入の冷凍品で、そのうちの多くが自然に悪影響を及ぼす劣悪な環境で育った養殖エビ。一方で、日本の水産業は1985年頃をピークに生産量が減少し、2018年にはおよそ3分の1の442万トンになって、衰退産業と呼ばれている。この事実に課題を感じた平野さんは、自ら養殖に挑む覚悟を決めた。

「私は、他人に期待して自分は傍観者でいいとは思えないたちなので、目の前に問題があると取り組まざるを得ないんです。それで、養殖の素人ながら、ファインバブルを活用して水を循環させる環境共生型の養殖を広めよう、そのためにまずは自分たちで始めようと思って、2017年3月にエビの養殖を目的とした子会社、Seaside Consultingを立ち上げました」

養殖には、沿岸養殖と陸上養殖がある。どちらも広大な敷地が必要という条件下で、目を付けたのは耕作放棄地だ。耕作放棄地とは、過去1年以上農作物を栽培せず、また再び耕作する意思のない土地を指す。日本の農業は平均年齢が67.9歳(2021年)と高齢化が著しく、耕作放棄地も右肩上がりで増え続けていて、滋賀県とほぼ同じ面積の42万ヘクタール2015年)に及ぶ。

耕作放棄地は放っておくと草木が生い茂る薄暗い荒地となり、景観が悪くなるだけでなく、ゴミや廃棄物を不法投棄されやすくなる、害虫が発生するなど地域全体に悪影響を及ぼす。そのため、耕作放棄地の拡大を食い止め、いかに活用するかは日本の大きな課題になっている。

耕作放棄地で平野さんが目指す環境共生型の陸上養殖が拡がれば、環境汚染、破壊の原因にならない、質の高いナマのバナメイエビが流通するようになるだけでなく、耕作放棄地の扱いに悩む地域にとってもメリットがある。

平野さんが起業した2017年のエビの輸入量は23万トン超で、日本はひとり当たりの年間エビ消費量が約2キロと世界トップに立つ。そこには確かなニーズとマーケットがあると考えて一歩を踏み出した平野夫妻だったが、目の前に大きくて分厚い壁が立ちはだかった。

 

「のたうちまわった」14カ月

陸上養殖を始めるには、先行投資が必要だ。将来的に株式上場も視野に入れて資金調達をしようと投資家を訪ねたところ、どこに行っても冷たい視線を向けられた。

「私もそれまで気づいていなかったんですが、エビの養殖は詐欺絡みの有名な事件がいくつかあるんですよ。それで私もあらぬ疑いをかけられて、大変でした」

毎度のように「お前の理論とビジネスモデルだけで出資はしない。まずはエビの姿を見せろ」と言われた平野さんは、腹をくくった。実家のある兵庫県の赤穂郡で約30平米の農業用ビニールハウスを建て、6トンの海水が入った水槽と浄化槽を置き、タイから稚魚を買い、行政の許可も得て、2017年8月から14ヶ月、閉鎖式循環型養殖の小規模実証テストに臨んだ。

平野さんはこの14カ月を、「のたうちまわった」と振り返る。すべてが初めてことで、思うようにいかないことの連続だった。特に苦労したのは、コア技術にあたる水の循環。ファインバブルで水質を浄化することができても、水中のごみや有機物などをどうやって漉しとるのかは別問題だ。汲み上げポンプを使うなど工夫を重ね、なんとか解決することができたという。

ほかにもあらゆる場面で試行錯誤しながら育てたバナメイエビは、最終的に100グラムにまで成長した。日本で流通しているのは主に20グラム弱だから、5倍以上の大きさだ。そのエビをスーパーや高級回転寿司店に持ち込んで試食をしてもらうと、全員が「これはおいしい!」と口をそろえた。その言葉を聞いて自信を得た平野夫妻は、商業ベースでの養殖に向けて土地探しを始めた。しかし、これも難航した。

「商業ベースとなると2ヘクタールから3ヘクタールぐらいの土地が必要です。それだけの農地を貸してくれそうで、なおかつ海水と淡水を手に入れやすく、バナメイエビが過ごしやすい温暖な気候で、大消費地の東京に近いところという条件で20ぐらいの自治体をリストアップしました。そのうえで、まだ実証実験を終えた段階だけど、農地でエビの養殖をしたいと正直に話して問い合わせたのですが、相手にしてくれないところがほとんどでしたね」

 

ハードルが高い「農地転用」

唯一、平野夫妻の話に耳を傾け、前向きに応じてくれたのが、千葉県の鋸南町。町役場の協力を得て農業委員会で説明会を開いてもらい、そこで事業計画と自分たちの想いを何度も伝えた。それが功を奏して「土地を貸してもいい」という地主が現れ、町役場の仲介のもとで賃貸契約を結ぶことができたのだが、それからの道のりも長かった。

農地で農業以外のことをする場合、「農地転用」の許可が必要になる。一度、農地転用してしまうと農地に戻すのが難しくなるため、食料自給率の低下を防ぐという観点もあり、農地転用の手続きはハードルが高いことで知られる。

そのうえ、「農地でエビの養殖」という案件は前代未聞のため、鋸南町の役場では判断ができず、千葉県の農政局、さらに農林水産省にまで話が上がっていった。それでようやく「農業以外のことをやる場合は、通常通り農地転用の手続きをするように」という判断が下りた。

町役場がその作業に乗り出そうとしたのが、2019年9月。ところが同月と翌月、千葉県の房総半島を台風が襲い、鋸南町も大きな被害を受けた。それから町役場は台風被害の把握と回復に追われるようになり、農地転用の手続きが進まなくなってしまったのだ。そのうちに今度は新型コロナウイルスのパンデミックが起き、結局、農地転用の許可が下りたのは2020年9月だった。

バナメイエビを養殖しているビニールハウス

すでに鋸南町に拠点を移していた平野夫妻はその間、「非常時だから仕方がない」と、借りた農地で野菜を育てていたそうだ。

 

加温コストゼロで越冬

2020年秋、借りた土地にあった農業用ビニールハウスのなかに幅5メートル、長さ32メートルの水槽を設けた。この水槽は、農地を掘り下げて護岸工事に使う箱型の鉄製枠で囲い、遮水シートを敷いたもので、撤去すればすぐに農地に戻すことができるようにした。

この水槽に10日間かけて、200トンの海水を入れたのは冒頭に記した通り。自然に近い環境を作るために、パラオの海で採れたサンゴを細かく砕いたパラワンサンドも1000リットル投入した。このサンゴ砂にバクテリアが住み着くことで、水に溶けた有機物(タンパク質、炭水化物、脂質など)を浄化する効果もある。ファインバブル発生装置と併用することで、ほかの養殖場ではほぼ確実に使われている水質浄化剤を使用せずに、一定の水質を保てるようになった。

2021年8月、タイから輸入した20万尾の稚エビがこの水槽に放された。飼育に関しても、実証テストで得た反省点をすべて活かすことで、バナメイエビは順調に育っていった。

手のひらサイズに育ったバナメイエビ。もっと大きいものもいる。

懸念のひとつは、冬の気温だった。温暖な気候を好むバナメイエビは、水温が低くなると弱って死んでしまう。兵庫県赤穂郡で実証実験した時は、冬に暖房を入れてビニールハウス内の温度を保つ必要があった。この課題も、上手く乗り越えることができた。

「大きな要因は、冬でも暖かい房総半島南部に位置する鋸南町の立地です。いろいろな環境技術を組み合わせることで、加温コストゼロで越冬できました。日本でバナメイエビの養殖をする時、加温コストがひとつのネックになると考えていたので、これは明確な成果だと思います」

 

寿司チェーンで提供開始

バナメイエビは普段、透明に近い色をしているのだが、実証実験の時はストレスから身体が白くなる現象が見られた。鋸南町のバナメイエビにほとんどその兆候もなく、ぐんぐん成長した。平野夫妻はイタリア語で白色を表す「Bianca(ビアンカ)」というブランド名で、このエビを売り出すことを決めた。

この取り組みがいくつかのメディアで報じられたこともあり、豊洲の問屋や地元の冷凍食品会社など数社から引き合いがあった。千葉銀行が運営している千葉発の商品、サービスに特化したクラウドファンディングも利用し、目標額50万円のところ、74人から支援を得て60万円以上を集めた。そして、今年4月から寿司チェーンでも提供が始まった。

「私たちの一番大きな卸先となったのが、埼玉に本店がある『がってん寿司』などを運営しているRDCという会社ですね。系列を含めて70店舗ぐらいあるチェーン店で、、グルメ系回転寿司として他社とは一線を画す存在です。妻の知人から紹介してもらったのですが、商品部長さんから『今まで食べたエビのなかで一番おいしい』という評価で採用していただきました」

大手ニュースサイト『ねとらぼ』が2021年5月に発表した「一番好きな回転寿司チェーンはどこ?」というアンケートで、2697の投票のなかから1位に選ばれたのが、がってん寿司。提供開始から3カ月、味への期待値が高い寿司チェーンでもビアンカは好評を得ているという。

水を抜いた水槽でエビを探してくれた平野彩さん。

筆者が取材に行った7月某日には、大半の出荷を終えて数が少なくなったエビを小さな水槽にまとめるため、大きな水槽の海水を抜いているところだった。海水はビニールハウスの外に保管されていて、また戻して再利用するそうだ。

 

障害者を陸上養殖の担い手に

「耕作放棄地でバナメイエビの養殖」という日本初の試みは、無事に1年目を終えた。「共食い問題や生きたまま出荷する方法など改善すべき点がまだ残っている」と平野さんはいうが、大手回転寿司チェーンでの採用をきっかけに、ビアンカに興味を持つ飲食店や業者は増えるだろう。

借りた農地にはまだまだ余地があり、今後は自社のビニールハウスをどんどん新設して、出荷量を増やしていく計画だ。ここでもうひとつ、平野夫妻が温めているアイデアがある。

「障害を持つ方の就労継続支援B型事業(雇用契約を結ばず、軽作業などの就労訓練を行う福祉サービス)として、養殖に従事してもらいたいと思っています。天候に左右される沿岸養殖と違って、陸上養殖は農業の水耕栽培に近く、ビニールハウスのなかでそれほど難しくない作業を安全に行うことができますから。昨年、資格を取得して、障害を持つ方が住み込みで作業できるように、グループホームも用意しています」

陸上養殖の仕事を障害者に解放したいと語る平野さん。

近年、障害者の働き口の創出と、高齢化による後継者と働き手不足の解消につながる農業と福祉の連携(農福連携)は注目を集めており、少しずつ拡がっている取り組みだ。

企業が集まる都市部と違い、地方では障害者が仕事を得る機会が限られている。広大な耕作放棄地を必要するバナメイエビの陸上養殖は、地方に住む障害者にとって農業と並ぶ仕事の選択肢になる可能性を秘めている。

近い将来、陸上養殖のフランチャイズ展開も予定している平野さんは、障害者がその担い手になることで、環境、そして地方にとってもサステナブルな事業になると考えている。

「これからの日本で、陸上養殖は大きな産業に発展するでしょう。そのリーディングカンパニーとして、障害を持つ方たちにこの仕事を解放していきたいなと思っています」

 

取材・文 = 川内イオ

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