三重県鈴鹿市をサービスエリアとして放送するコミュニティFM「Suzuka Voice FM」。放送事業に加え、地元コミュニティとのつながりを活かした独自の情報ネットワークの構築や、防災ラジオ機能付き自販機の開発など、コミュニティFMの特性を活かした地域防災インフラ作りに取り組んでいる。現在は地元鈴鹿での展開に留まらず、全国のコミュニティFMに向けたシステム販売にも乗り出している同局。その原動力を探った。
三重県の北部に位置する人口約20万人の街、鈴鹿市。F1などの自動車レースを行う「鈴鹿サーキット」でその名を知る人も多いだろう。伊勢湾に面するこの街は、今後30年間以内に70〜80%の確率で発生するとされる東海地震、今後40年以内に90%の確率で発生するとされる南海トラフ地震の想定震源域に近く、かねてより防災に対する取り組みが盛んに行われている。
「Suzuka Voice FM」がスタジオ・送信所を構えるのは、鈴鹿市の中央部・住吉町にある商業施設「SUZUCOMI」の一角。同局を運営する株式会社鈴鹿メディアパークの株主企業である株式会社鈴鹿コミュニティが運営する施設だ。標高が高いため、前述の巨大地震発生時にも津波の心配がないこの場所は、非常時に施設全体が巨大な防災拠点として機能するよう設計されている。
広大な施設内の駐車場は街灯が外周側にすべて寄せられており、敷地部分を100%活かすことが可能。非常時には災害支援の大型車両を入れやすく、ヘリポートとしても活用することができる。
テナントとして入居する24時間営業のスーパーやホームセンターは、物資や食料の供給拠点としても機能する。既存のショッピングモールを防災に活かすのではなく、いつか来る災害を想定して、災害対応型のショッピングモールをゼロから構築したのだ。
この中において、市民向けの情報伝達拠点に位置づけられているのが「Suzuka Voice FM」だ。スタジオと同じ敷地内に30mの鉄塔を建てて送信所とし、鈴鹿市一円に向けて電波を発射。外部の環境へ依存せず、非常時にコントロールできない要素をほぼゼロにしている。すべてが、近い日に来る災害に備えられているのだ。
これらの取り組みを主導してきたのが、株式会社鈴鹿メディアパーク 代表取締役社長の加藤正彦氏。地元で設計事務所や不動産会社を数多く経営し、辣腕を振るってきたが、放送局経営の経験はまったく無かったという。
そんな加藤社長が「Suzuka Voice FM」の経営を担当することになったのは、予想もしないきっかけからだった。
2009年に開局し、13年(※2022年現在)にわたって運営されてきた「Suzuka Voice FM」だが、2015年に経営破綻の危機を迎えている。経営上の問題から従業員が一斉退職し、放送が送り出せなくなったのだ。この出来事は新聞でも大きく報じられ、コミュニティFM業界を大きく騒がせた。
当時の代表取締役から頼まれ、経営の立て直しを任された加藤社長。放送免許を管轄する東海地区の電波監理局に、放送免許の再申請に訪れたときのことを振り返る。
「開口一番、担当者に『大丈夫?』と聞かれましたね。全国約300局あるコミュニティFMのなかで、うちの局の財務状況はワースト3に入っていると」
ラジオのことは何も知らなかったが、加藤社長には勝算があった。これまで地域に密着した会社経営を続けるなかで、市内の人々との間には強いつながりができていた。
どの地区に行っても、知り合いがいる。地区の総代さんにも顔が通じていた。といっても、最初から関係作りを狙っていたわけではない。長年にわたる関わり合いが気の置けない付き合いとなり、フラットに意見や頼み事を交換しあえる素地が出来上がっていた。
ラジオのことは何も知らなかったが、コミュニティFMの最大の特長が地域密着にあることは、早々に気づいていた。
「鈴鹿に特化した情報をいかにきめ細かく流すか。それを突き詰めていけば、災害が発生したときに、絶対に『Suzuka Voice FM』にダイヤルを合わせてくれるはず」
地元のコミュニティFMに必要なのは、大手の放送局のような番組を流すことではない。地元の人々にとって必要な情報を集約し、即時に伝えるインフラとして機能すること。取り組むべきことはすでに明確になっていた。
心配顔の担当者に、加藤社長は告げた。
「私がやる以上、必ず立て直します」
最初に着目したのが、地元・鈴鹿サーキットだ。
年に数回開催されるレースイベントでは、場内に響く轟音のためスピーカーを利用したアナウンスが難しいことから、ミニFM(※)を通じて来場者に実況放送が提供されていたが、その特性上、聴くことができるのは会場の一部分に限られていた。
※ミニFM:0.5W以下の微弱電波による、極めて小規模なFM放送。開設にあたり免許を必要としないが、電波の到達範囲は半径100m程度に限られる
これを「Suzuka Voice FM」の放送に乗せ、鈴鹿市全域に届ける試みを行ったのだ。
「来場者の方々にはよりクリアな音質で実況を届けることができ、さらに市内どこからでも、サーキットに耳でアクセスすることができる。サーキットに行きたくなったら『Suzuka Voice FM』にチューニングしてもらう仕組みを作りました」
これまで認知されていなかった人々にも、「Suzuka Voice FM」を聴く強力な理由が生まれた。
続いて加藤社長が進めたのは、地域の自治会コミュニティを活かした情報網「EFNS(Emergency Fm Network Suzuka)」の構築だ。
回覧板を通じて募集したメンバーを登録し、ひとり一人に会員ナンバーを付与。地域の「特派員」として位置づけ、地域において事件や事故、行方不明者などが出た際、随時「Suzuka Voice FM」に一報を入れてもらい、ラジオ放送やミュージックバードの提供するスマートフォンアプリ「Radimo(レディモ)」の画面を通じて速報できる体制を整えた。
この背景にあったのは、熊本県熊本市のコミュニティFM「熊本シティFM」の松本富士男社長の言葉だ。2016年4月14日に発生した熊本地震の際、同局には市民から大量の情報が寄せられたものの、信憑性を確認する手立てがなく、活かすことができなかったのだという。
こうした苦い経験をEFNSには取り込んだ。加藤社長は語る。
「EFNSの場合は、寄せられる情報と会員ナンバーが紐付けられているため、情報の提供元が明確に分かるようになっています。日頃から地域において信頼されている方々を登録しているため、信憑性がきちんと担保された形で情報を得ることができるのです」
2022年5月のインタビュー当時、登録者数は6500人。その後も一週間に300人のペースで会員を増やし、6月中旬には1万人程度まで達していた。驚異的とも言えるスピード感を達成できたのは、地元の回覧板コミュニティの性質を上手に活用していたからだ。
「回覧板のグループは1つあたり50人程度。それが市内に約7000グループ存在します。1グループあたり3〜4人も入ってくれれば3万人。鈴鹿市全体の世帯数は6万ですから、市内の半数の人々に向けて瞬時に情報を送れるネットワークができあがる。大革命です」
これまでも市民向けの情報伝達手段としては、自治体の防災行政無線や、携帯端末向けのエリアメールなどの方法があった。しかしこれらを通じて伝えられるのは極めて緊急度の高いものに限られ、日々の生活レベルで必要な情報までを網羅することは不可能だった。
自分たちにとって必要な情報は、自分たちで共有しよう。
「Suzuka Voice FM」はコミュニティFMとしての枠組みを超え、自治体に依存しない民主レベルの防災インフラとなった。
コミュニティFMの概念を拡張しつつ、加藤社長はラジオ放送という本来の機能からも目を離さなかった。
「防災行政無線では、音が反響してせっかくの大事な情報が聞こえづらい。しかしコミュニティFMには、地区単位の細かな情報をクリアな音質で伝えられる強みがある。まさにいまいる場所において必要な情報を伝えるためには、放送が聞こえる場所を増やさなければいけないと考えました」
着目したのが、街角にある自動販売機だ。
つねに電源が供給されていて、徒歩圏内にいくつも立ち並んでいる。そして誰もがその存在を認知している。使わない手はなかった。
加藤社長は、スタジオのある商業施設「SUZUCOMI」の自動販売機に毎日飲料を補充しに来るスタッフに相談を持ちかける。突然の、しかもスケールの巨大な話にスタッフは目を白黒させていたというが、ここで日頃の信頼関係が活きた。あえてボトムアップでの相談が、とんとん拍子につながっていったのだ。
「『私では抱えきれない話なので、三重県の統括責任者を紹介します』と言ってくれてね。すぐに会いに行ったんです。すると今度はその責任者もびっくりしてしまって『東海地区の統括責任者を紹介します』と。あれよあれよという間に、飲料会社の本社役員まで話が上がっていきました」
地域貢献に繋がる取り組みに、役員たちも非常に乗り気だったという。かくして、日本の自動販売機では圧倒的なシェアを誇るコカ・コーラボトラーズジャパン社との共同開発プロジェクトが立ち上がった。
プロジェクト名は「飲む防災®・飲む防犯®」。防災ラジオの機能を組み込んだ自動販売機だ。
緊急時には「Suzuka Voice FM」から放送波を通じて制御信号を受信して、スピーカーから大音量で放送が流れ、そばにいる人々にクリアな音で情報を伝える。
「自動販売機ならば、行政のお金に頼らず仕組みを構築できる。多言語に対応したパーソナリティやAI機能を活用したアナウンスシステムが話せば、海外からの観光客にも伝達できます」
まさにエポックメイキングな仕組みだった。
しかし、アイデアとは裏腹に、実現までの道のりは困難を極めた。
当初は、自動販売機の前面にある広告ホルダーに薄型のラジオを埋め込むアプローチだった。しかし、自動販売機の内部で稼働する冷蔵機器のノイズが想像以上に大きく、電波がかき消されてしまう。1年かけ、試作機は3号にまで及んだが、実用化にはほど遠い状況だった。
さらに、自動販売機のベンダーからはこんな注文もついた。
「うちの自動販売機にビス1本打たないでくれ、と。自動販売機は精密機械だから、ちょっとした穴ひとつでも、動作にどんな影響が及ぶかわからない。電源不備で自販機が出火するような事態になったら、自動販売機の設置場所を提供してくれている契約主に責任が取れないじゃないか、というのです」
自社も契約主のひとりである以上、ベンダーの言うことに異論は無かった。しかし、自動販売機そのものにまったく手を付けることなく、確実にラジオを設置することなど果たしてできるのだろうか。筐体に手を入れられない以上、自動販売機のバッテリーを電源として使うことも叶わない。
思案に思案を重ねた末、たどり着いたのは「強力なマグネットで自動販売機の天板にラジオを貼り付ける」という方法。この仕組みが、これまでの課題をいっきに解決した。
「天板に取り付けることで、自動販売機のコンプレッサーから出るノイズから解放されました。さらに設置場所が高くなって受信感度が上がり、スピーカーから出た音を天板に共鳴させることで、360度の方向へ音を出せるようになったのです」
マグネット式であれば自動販売機そのものに干渉せず、どんなメーカーの、どんな機種にも取り付けることができる。
たった1局のコミュニティFMの取り組みが、コミュニティFMそのものの“再発明”につながった瞬間だった。
かくして出来上がった「飲む防災®・飲む防犯®」。この仕組みを鈴鹿だけにとどめておく気はさらさらなかった。
「自分たちの局だけがこの仕組みを導入するだけでは意味が無い。コミュニティFM全体の底上げにつなげてこそ意義がある」
日本地図を買ってきて、どの街にどんなコミュニティFM局があるのか、ひとつひとつピンを打って行った。
その数、300局。この300局を変えようと決意した。
加藤社長は全国各地にあるコミュニティFMの地区協議会を回り、売り込む日々を送った。1日あたり、1時間のプレゼンを4〜5回。果てしなく地道な道のりだったが、その胸には、全国のコミュニティFMのビジネスモデルを根本から変えていくという熱い思いがあった。
「この仕組みで各地域の人がラジオの存在に気づいてファンとなり、地域におけるコミュニティFMの位置づけが明確になる。それをわかってもらうためには、ただ資料を送るだけではダメ。自ら汗して行脚する本気さが必要だと思いました」
先々で、具体的な動作イメージが伝わる動画を見てもらい、納得いくまで質問に答える。加藤社長の努力は徐々に実を結び、各地に導入するコミュニティFM局が出てきているという。
さらに2019年11月からは、全国のコミュニティFMを結ぶミュージックバードのネットワークを活かし、共同で営業を開始。従来の番組供給だけでない、コミュニティFMを拡張する仕組みの“全国ネット”に乗り出した。
夢中で走り続けた5年間だった。
かつて全国ワースト3とも言われた財務状況は、単年黒字をたたき出すまでに改善し、鈴鹿市のいちローカル局に過ぎなかった「Suzuka Voice FM」は、その名を全国にとどろかせるまでになった。
驚くべきは、ここに至るまで一切行政の支援を受けていないということだ。
「まずは地域の役に立つために、思い立ったら走らなければ。行政の支援をあてにして待っていたら、その間に次の大災害がやってくるかもしれない。もし縁があっても、行政の側から『予算を付けましょう』と言われるようになるまで自力でやり続けることが、地域メディアとしての矜持だと私は思っています」
流通、物販、物産──。どんな形であっても、地元から生まれるビジネスがある。日常的に地元の人々とつながり続けていれば、一緒になって大きくしていくことができる。それが横に繋がっていき、ネットワークに結実すれば、地域と地域の魅力が掛け合わさっていく。その先にこそ、自らの地域に自信を持てるのではないか。
インタビューの締めくくり、加藤社長は笑みを浮かべながら、じっとこちらを見据えてこう語った。
「日本地図を見てみてください。鈴鹿市は日本列島の中心にあるんです。私はこの“中心”から、世の中を動かしていきたい」
取材・文 = 天谷窓大
編集 = 藤井みさ
画像提供 = 株式会社鈴鹿メディアパーク