宇都宮大学「地域デザイン科学部」の学生が空き家リノベーションで挑む“学生”と“地域”のまちづくり

2022.4.29 | Author: 天谷窓大
宇都宮大学「地域デザイン科学部」の学生が空き家リノベーションで挑む“学生”と“地域”のまちづくり

全国的にも珍しい「地域デザイン科学部」を持つ宇都宮大学。このキャンパスがある栃木県宇都宮市峰町地区では、同大学の地域デザイン科学部学生有志による団体「峰地区学生まちづくり協議会」による、空き家リノベーションを主軸としたまちづくり活動が行われています。

 

地元から「峰地区」と呼ばれ、古くから暮らす住民と“宇大”の学生が生活圏をともにする峰地区。昨今、全国のさまざまな地域で課題となっている空き家問題ですが、この町では、建築系の学生を中心とした有志団体が、地元まちづくり団体と“連合”を形成。かつてにぎわいの拠点であった空き店舗を、ふたたび地域のコミュニティスポットとして生まれ変わらせる取り組みが進行中です。

 

建築の知識と技術をベースに、古くから親しまれる街の魅力を可視化しつつ、新たな集いが生まれる場所として“リノベーション”を図るという、ユニークな取り組み。そこにはどのような思い、そして“哲学”が込められているのでしょうか。その現在進行形の姿を取材しました。

 

2022/05/02更新:盛合さんに関する部分が寺澤さんに関する内容として一部記載されていた箇所を修正し、それに伴い一部画像の差し替えと追加を行いました。

建築学生の知見を活かした「ものづくり拠点」を町内に設置

「峰地区学生まちづくり協議会」は、峰地区で活動する学生団体やサークルの連合体。単に学生だけの集まりではなく、地元自治会によるまちづくり組織「峰地区まちづくり推進協議会」と深い連携をはかり、まちづくりに取り組んでいます。

なかでも特徴的なのが、学生たちとも縁の深い場所をリノベーションし、物作りや流通を軸にした拠点として再生させていくというアプローチです。

宇都宮大学キャンパスの裏手に位置する、かつて学生向けの食堂だったという場所にある元アパートは、建築系の学生たちによるものづくり拠点として活用されています。取材を行ったこの日も、竹を切り出し、手製のランプを設置する学生たちの姿がありました。

古い寄宿舎をリノベーションしたものづくり拠点

中を覗くと、高価な製造機器や資材、建築に関する貴重な文献がズラリ。賛同する地元企業や有志の支援によって提供され、学生はこれらを用いた製作風景をSNSで発信することによって“還元”しているそうです。

重厚かつモダンな大谷石の外壁。学生の街としての歴史を感じる

寄付によって集められた、建築雑誌の膨大なバックナンバー

地元企業から寄付された資材や機材は自由に使うことができる

ここで活きてくるのが、地元のまちづくり協議会との厚い連携体制です。
地元の工務店がサポートし、建築系学生をはじめ地域住民の人々も自由に物作りを体験できるよう町内の一角に木材の無料提供スペースを設置。地元の人であれば、誰でも無料で利用することができます。

木材はサイズごとに整理され、使いやすく加工済み

提供された資材を使い、学生が看板を手作り

スペースには、木材を利用する人々が自由な金額を入れられる募金箱を設置。集まったお金は、町内のこども食堂の運営に活かされています。

木材利用スペースに設置された募金箱

募金はこども食堂の運営に活かされる

 

かつて親しまれた町の酒販店を、コミュニティ拠点としてリノベーション

そんな「峰地区学生まちづくり協議会」に加盟している団体「タキヤ会議」がいま新たに手がけるのが、20年以上前に閉店した元酒販店をコミュニティ拠点としてリノベーションする「タキヤproject」です。

20年以上前に閉店した元酒販店をリノベーション

地元住民になじみ深いかつての店名を冠したこのプロジェクトでは、 「峰地区まちづくり推進協議会」を通じてつながった地元企業や専門家たちの協力を得て、小学校の教室ほどの広さを持つ店内を学生たちが自力で改装。子どもからお年寄りまで、幅広い年代の住民たちが集まれる場所を目指しています。

“店内”は改装工事の真っ最中

作業中の熱気が宿る工程表

まさに、これから命が宿ろうとしている“空き家”。ここにはどのような思いを込められているのでしょうか。プロジェクトに携わる学生のみなさんにインタビューしました。

 

田舎ののどかさと都心への利便性が作り出した「外から柔軟に受け入れる」町民性

今回お話を伺ったのは、峰地区学生まちづくり協議会メンバーで、宇都宮大学 地域デザイン科学部 地域創生科学研究科 社会デザイン科学専攻 2年の寺澤基輝さん、盛合一功さん、同建築都市デザイン学科2年の鏡朱里さん。全員県外の出身者ですが、そんな立場だからこそ感じる“魅力”が峰にはあるのだといいます。

(左から)峰地区学生まちづくり協議会 寺澤基輝さん、盛合一功さん、鏡朱里さん

寺澤さん:峰地区には、「外の空気を受け入れ、取り込む」というユニークな文化が根付いています。現在連携している「峰地区まちづくり協議会」にも元々地元出身ではなく、仕事の関係で宇都宮にやってきた方もいらっしゃいます 。地元で固まらず、他の人も柔軟に受け入れていくという土壌に強く惹かれました。

鏡さん:私は峰地区にやってきてまだ1年も経っていませんが、まちづくり協議会や地元自治会の方々たちがとてもフレンドリーに受け入れてくれていることに感激しています。何も知らない土地に来たばかりの人間にまちづくりを任せるのは不安だと思うのですが、それをふまえてみなさんが受け入れてくれる、懐の広さを感じています。

盛合さん:新幹線を使えば東京まで1時間程度で行けるという立地も影響しているように思います。都心にアクセスしようと思えばすぐにできる一方、車で1〜2時間も走ればのどかな里山を見ることも可能です。場所柄、転勤族の方が多い地域なので、外からの人を受け入れる土壌も育っています。言うならば、「田舎だけど、都会の先進的な志向も刻まれている」点が、峰地区の魅力だと思っています。

建物の窓ガラスには、毎週火曜日にこの「タキヤ」で開催されている「空き家会議」の板書がそのままに。「日常の景色にいかに自分たちの活動を表示させるかを意識しています」と寺澤さんは語ります。

活動を「見せる」ため、窓ガラスに書かれた“板書”

寺澤さん:目に見える景色の中に「何か新しいことをしている人がいる」様子が常に入り込むということは重要だと思っています。活動の舞台は空き家の“中”でも、その活動自体はなるべく外に見えるようにすることで、地元の方々に関心をもってもらい、地域との関わりを日常的に作り出していけたらと考えています。

 

「空き家は“不要なもの”」という考えに違和感を抱いた

「タキヤproject」代表を務める盛合さん

東日本大震災で祖母の家が被災したことをきっかけに、「自分自身で家を建てる暮らしを生み出したい」と、建築を志した盛合さん。大学3年生の夏休みに出かけた海外研修で、活動の原動力につながる体験をしたといいます。

盛合さん:研修先の街では、建物のほとんどにリノベーションを施されていて、強烈なインパクトを受けました。その後、日本に帰って来ると新築の建物を多く目にしましたが、そのなかに目立つ空き家を見て、「なんかボロくなっているな」と感じてしまったのです。

せっかく建てられた建物も、“空き家”になったら、いらないもの不要なものとして社会課題に挙げられてしまう。それは果たして正しいことなのだろうかと違和感を感じました。「イノベーションというプロセスを取れば、建物をもっと活用できるのではないか」という思いがわき上がり、それを実際に自分の力で具現化してみたいと考えるようになりました。

そんな思いのもと、やってきた峰地区。街並みを見て寺澤さんは「ここならば、学生が手を入れやすいのではないか」と感じたといいます。

建築デザインを手掛ける学生団体「UUAD」代表としても活動する寺澤さん

寺澤さん:都心部だと、建物がかなり密集していて、学生の力では参入しづらい。かといって“地方”すぎては、どこから手をつけたらいいかわからない。その点、田舎と都会両方の空気を併せ持つ峰地区は、とても魅力的に映りました。

空き家がポツポツとありつつ、一方でそれを使ってくれるお子さんや、アクティブな会社員の方が周りにいるという環境もプラスに働くと感じました。リノベーションにおける課題を明確にしやすく、学生自身も輪の中に入って直接貢献しやすいのではないかと考えたのです。

宇都宮市では、LRT(Light Rail Transit:路面電車を活用した簡易な鉄道網)の開発が進んでおり、それにともなって市内でも「地域の魅力を考えよう」という機運が高まっているそう。こうした流れのなかで、寺澤さんは峰地区の人から、ある言葉を耳にしたといいます。

寺澤さん:「うちの地域には特に魅力がない」という声が、町の方から挙がったのを耳にしました。かねてから峰地区は「宇都宮大学の街」として認知されてきましたが、大学以外にも、この地域で住民の人々の“誇り”になるような存在が必要なのではないかと思いました。それを地元のみんなで作り上げることができたら、街があらたな魅力を帯びるはず──、そう考えました。

 

多様な暮らしがあるからこそ、「支えのない暮らし」に着目する

一方、盛合さんは、峰地区が持つ「生活の多様性」という観点から、リノベーションを通じた課題解決を考えていると語ります。

盛合さん:この地域のいいところは、大学から小学校まで教育機関があるところ。高齢者を中心に多世代が住んでいる点が魅力ですが、こうした「住まい」に基づく課題があると考えています。

たとえば、高齢者の人が買い物に出かけづらいということ。車社会である宇都宮では、食糧品や生活必需品を、週末にまとめて購入するのが一般的ですが、「そうではない人」もこのエリアのなかにはたくさんいることも忘れてはいけません。

人や仕組みなど、「支えてくれる存在がある暮らし」の影にある「支えのない暮らし」の存在に、もっと私たちは目を向けるべきなのではないでしょうか。暮らしが多いからこそ、暮らしをどう支えていけるかがこの地域の課題だと考えています。

宇都宮大学農学部の学生が運営する、店舗跡を活用した学生運営の農産物直売所

徒歩で新鮮な野菜が手に入ると地元の人々に重宝され、地産地消にも貢献

「私の地元は、今後人口減によって街の形を保てなくなる可能性がある『消滅可能性都市』とされています。とてもいい地域なのに、どうしてそうなってしまうのかと疑問に思っていました」と鏡さん。「そうした状況を変えたいという思いから、地域デザイン科学部という、まち作りの学科がある宇都宮大学へ入りました」。

出身地が「消滅可能性都市」と語る鏡朱里さん

峰地区での取り組みは、自分たちのふるさとにも通じる問題解決のカギとして大きな意義をもっていることが垣間見えました。

 

学生と地域をつなぐキーマンの存在

宇大生思い出の店であるダイニング跡を活かしたインスタレーション

強い課題意識とスピード感をもって取り組みを進める「峰地区学生まちづくり協議会」のみなさん。活動においては、サポートしてくれる地元の人々の存在が非常に大きいと語ります。

盛合さん:地元で営まれている工務店の社長さんには、地域のNPOの方を紹介していただいたり、「タキヤ」の施工に関わる業者さんを紹介していただいたりと、学生が地域と関わるための仲介役をしていただいています。私たちのプロジェクトが単発のもので終わらず、地域の中でつながっていけているのは、この方の存在が非常に大きいです。

鏡さん:峰地区まちづくり協議会の会長さんには、市の補助金制度を教えていただいたり、地域内の調整など、私たちだけではカバーしきれない部分を一手にサポートしていただいています。以前、地域の方を対象にスマホ教室を開催したのですが、この際も「ボランティアで出来ることには限界があるから」と参加費制を提案していただき、活動の継続につながる収益を上げられる仕組みを作ってくださいました。

寺澤さん:宇都宮市の担当職員さんには、裏方として事務処理や調整など、プロジェクトを安全に進行するためのサポートをしていただいています。とくに、戸締まりや駐車場の管理といったものは、おろそかにすると地域の方々の信用を失うことにつながりかねません。職員さんには、私たちが見落としがちな部分を鋭く指摘していただいています。こうして、「やってはいけないことを止めてくれる」人がいるということは、地域に根ざした活動をするうえで、とても心強い存在です。

 

学生ゆえ逃れられない「代替わり」。活動が地域で持続するためのアイデアとは?


学生団体である以上、逃れることができないのが、卒業にともなう「代替わり」。現在のメンバーがこの地を離れても、峰地区に住む人々の暮らしは続いていきます。こうした“課題”に対する、3人の考えを聞きました。

寺澤さん:学生が持つ、「熱しやすくて冷めやすい」という点をうまく活用して、実績を残す方法を考えています。一般的には揶揄とされるこの言葉ですが、「熱した」ときの学生のエネルギーは、ものすごい力を持っていると思うので、それがうまく連鎖する仕組みを作っていきたいと考えています。

たとえば、「熱した」ときに作ったものを、その人自身が直接引き継がなくとも、次に「熱した」人が、残された仕組みを使って、ふたたびプロジェクトを立ち上げられるようになれば。ある程度の時間を置いても同じ熱量で活動を再開できるよう、一種の「アーカイブ」として仕組みごと保存するようなプラットフォームを作れたらと考えています。

鏡さん:毎年必ず行うイベントを作って、恒例行事としてやっていけるようにしたいと思っています。いま私たちが作っている「タキヤ」は、地域と学生をつなぐ公民館のような存在を目指しています。

ここに来たら、なんだかあったかい。昼間はおじいちゃんやおばあちゃんが気軽に集まっておしゃべりできて、夕方になれば、そこへ小学生の子が宿題をしにやってきて会話に交じる、というように、自然と世代間のコミュニケーションが続く場となることで、地域との接点が生まれ続けるのではないでしょうか。

盛合さん:大前提として、まちづくりは「終わりのないもの」だと考えています。本当の意味で地域に貢献し続けるためには、自分たちが単発でプロジェクトを行っても意味がありません。ゆるくても、ハネなくてもいいから、ゆっくり永く、持続していくことが大事だと思います。情熱と期待を残しながら、次の世代につなげていきたいと思います。

***

SDGsの根幹でもある、「持続可能な取り組み」。3人のお話からは、地域で「暮らし続ける」ことへの確かなまなざしを感じました。

峰地区は、まだ変わり始めたばかり。これから生まれていく「暮らし」のなかで「空き家」が新たな名前を持ち、地域との接点として活躍していく様子を、これからも引き続き追い続けていきたいと思います。

 

取材・文 = 天谷窓大
撮影・編集 = ロコラバ編集部

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