クラシック界のあちこちで、当たり前のようにハーディングの名前を見かけるようになった。
この秋にはマーラー・チェンバー・オーケストラと一緒に来日して演奏会を行なったし、レコード店に行くとかれが指揮した《コジ・ファン・トゥッテ》や《ドン・ジョヴァンニ》、《ねじの回転》などのDVDが、新譜として並んでいる。少し前はテレビで、去年のミラノ・スカラ座の《イドメネオ》をやっていた。
この《イドメネオ》は、ミラノ・スカラ座のシーズン開幕公演だった。歌劇場によって差はあるが、スカラ座では以前からシーズン開幕公演が非常に重要視される。それをこの歌劇場にデビューする指揮者が任されたのだから、立派なものである。
現時点の固定したポストはマーラー・チェンバー・オーケストラの音楽監督くらいで、あとはロンドン交響楽団の首席客演指揮者に、2007年からのスウェーデン放送交響楽団の音楽監督の座が決まっている程度だから、楽壇を驚倒させるようなビッグ・ポストをつかんでいるわけではない。でも、あと4、5年もすれば、大変なところにいるかもしれない。
指揮者というのは、意外に大器晩成とは限らない。出るべき人は運も味方につけて、早く世に出る。たとえばトスカニーニがスカラ座の音楽監督的な地位に就いたのは31才、フルトヴェングラーがベルリン・フィルの常任になったのは36才。ハーディングがかれらに比肩できる存在になるかどうかは、この先の数年間の未来が知っているはずだ。
山崎浩太郎(やまざきこうたろう)
1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。演奏家たちの活動とその録音を、その生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書に『クラシック・ヒストリカル108』『名指揮者列伝』(以上アルファベータ)、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』(キングインターナショナル)、訳書にジョン・カルショー著『ニーベルングの指環』『レコードはまっすぐに』(以上学習研究社)などがある。
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