これは演出家の三谷礼二さんから昔うかがった話だが、朝比奈隆は「コンサートとオペラは指揮者にとって両輪のようなものなので、並行して指揮した方がいい」という意味のことを語っていたそうだ。
その言葉通り、ご両人は関西で協同してオペラ公演を行っていた。そのときのライヴ録音の「蝶々夫人」の一部を三谷さんが聴かせてくださったが、その指揮ぶりは意外にも、じつに堂に入ったものだった。だが「意外」というのは若造の勝手な思い込みで、三谷さんによれば「マタチッチなど、優れたブルックナー指揮者は同時に優れたプッチーニ指揮者であることが少なくない」。朝比奈隆もまた、その一例なのだそうである。
残念ながら朝比奈隆のオペラ指揮は、東京ではあまり聴く機会がなかった。「ニーベルングの指輪」全曲の演奏会形式上演ぐらいなのではないだろうか。しかし、1950年代からヨーロッパ各地のオーケストラに客演し、かの地の音楽活動をその目で眺めてきたこの指揮者は、オペラの重要性を肌で感じ、日本でも実践しようとしていたのだ。
こうした姿勢は、オペラという形式が広範囲に楽しめるようになった現代の日本でこそ、再評価しうることなのではないか。そして、朝比奈と同い年のカラヤンがオペラの上演と録音に心血を注いできたこと、これもまた「カラヤンの両輪」として再考すべき活動なのではないか。
幸いにもカラヤンは、朝比奈とは対照的にたくさんのオペラ全曲盤を遺してくれている。ここであらためて聴きなおしてみたい。
山崎浩太郎(やまざきこうたろう)
1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。演奏家たちの活動とその録音を、その生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書に『クラシック・ヒストリカル108』『名指揮者列伝』(以上アルファベータ)、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』(キングインターナショナル)、訳書にジョン・カルショー著『ニーベルングの指環』『レコードはまっすぐに』(以上学習研究社)などがある。
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