2008年08月/第59回 生誕90周年のバーンスタイン

1989年11月、ベルリンの壁が崩壊して東西ベルリンの交通が自由になったとき、世界のあちこちで歓喜の声があがったが、そのとき、ヘルベルト・フォン・カラヤンはもうこの世にはいなかった。
 4か月前に急逝していたのである。だから、続いて各所で行なわれた祝賀演奏会に加わることはなかった。ベルリン・フィルが急遽開いた演奏会の指揮をしたのはバレンボイムだったし、クリスマスに関係諸国の音楽家を集めて演奏されたベートーヴェンの「合唱」を指揮したのは、バーンスタインだった。
 そう、バーンスタインの方はこの世界史的大事件に間に合った。彼もその1年後には亡くなってしまうのだが、カラヤンと違って、どうにか間に合った。
 この一事が象徴するように、生誕100年目のカラヤンと90年目のバーンスタインの人生は、時代的には重なりながらも、微妙にズレているのが面白い。第三帝国と、戦後の東西分断の時代のドイツ・オーストリアを拠点として生きたカラヤンと、史上未曾有の繁栄を謳歌した20世紀アメリカに生きたバーンスタイン。前者は指揮に専念したのに、後者は作曲にも大きな足跡を残した。
 そのバーンスタインの遺産を聴きながら、彼の生涯をふり返ってみる。そこからは、繁栄の陰にかくれがちな不満、貧困、憎悪、対立といった人間の苦しみにつねに目を向け、しかしニヒリズムに陥ることなく、人間を信じようとする情熱の炎を燃やし続けた音楽家の姿が、かいま見えてくるかもしれない。

山崎浩太郎(やまざきこうたろう)
1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。演奏家たちの活動とその録音を、その生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書に『クラシック・ヒストリカル108』『名指揮者列伝』(以上アルファベータ)、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』(キングインターナショナル)、訳書にジョン・カルショー著『ニーベルングの指環』『レコードはまっすぐに』(以上学習研究社)などがある。
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