2005年06月②/第12回 マリス・ヤンソンス登場

 

 アムステルダムのコンセルトヘボウ管弦楽団やバイエルン放送交響楽団の指揮者として、いま日本でも高い人気を得ているマリス・ヤンソンス。かれの名前と演奏を初めて知ったのは、1980年頃の「プラハの春」音楽祭のラジオ中継のときだった。

 曲目はブラームスの交響曲第2番だったようにも思うが、もはや定かではない。解説の方が「ヤンソンスというからアルヴィドかと思ったら、こんなに立派な息子さんがいたんですねえ」というようなことを話していたのを憶えている。父アルヴィドはたび重なる来日公演で親しまれていたから、「その息子」というのが印象的だったのだろう。 その次にわたしがかれの名前を聞いたのは、1986年秋である。准首席指揮者をつとめていたレニングラード・フィルの来日公演に帯同したのだが、数公演を指揮するはずだったムラヴィンスキーが病気で来られなくなり、その分もヤンソンスが指揮することになったのだ。

 そのとき招聘元が「指揮者の変更では払戻しの義務はない」として多くのファンを失望させた(個人的には怒るのが当然だと思う)のだが、当時その事務所で電話番のアルバイトをしていたわたしは、お客さんからの問合せや苦情の電話を社員に取りつぐ日々となった。いったい何度「マリス・ヤンソンス」と口に出したことか。

 しかしヤンソンスは健闘して、来日公演を好評のうちに終わらせた。そしてこれがきっかけのように、レニングラード・フィルやオスロ・フィル(79年から首席指揮者)とのCDが発売されるようになり、着実な評価と人気を得はじめたのである。

 「BBC Concert」では、80年代後半のオスロ・フィルとのライヴを2週続けてお送りする。しかもその一つは、86年の来日の1か月前の演奏会だ。どんな演奏が聴けるだろうか。

 

山崎浩太郎(やまざきこうたろう)
1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。演奏家たちの活動とその録音を、その生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書に『クラシック・ヒストリカル108』『名指揮者列伝』(以上アルファベータ)、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』(キングインターナショナル)、訳書にジョン・カルショー著『ニーベルングの指環』『レコードはまっすぐに』(以上学習研究社)などがある。
山崎浩太郎のはんぶるオンライン

コメントは停止中です。