2006年04月/第31回 スペシャリストの枠を超えて

 サー・チャールズ・マッケラスという名前を知ったのは、1970年代後半にデッカが次々と録音発売した、ヤナーチェクのオペラ・シリーズの指揮者としてのことである。

 チェコ、オーストリアの名歌手たちをあつめ、オーケストラにウィーン・フィルを起用したこのシリーズは、優れたオペラ作曲家としてのヤナーチェクの存在を、国際的に知らしめるものだった。しかし同時に、そのシリーズの柱となっている指揮者がアメリカ生れのオーストラリア人で、東欧の血を引いているわけではないと知ったときには、不思議な思いをした。偏狭な本場主義を信奉しているわけではないが、演奏がいいだけにむしろ、何か落ちつかない気分だった。

 それから四半世紀をへた今、1925年生れで80歳を過ぎたマッケラスは、オーストラリア人とか、ヤナーチェクのスペシャリストといった枠を超えた、一人の優れた指揮者として世に隠れもない存在となっている。銘木だけで建てた家を想わせる、華美ではないが艶やかさをもった響きと、ひきしまって無駄のない、厳しい構築感。

 その彼がいま意欲を燃やしているのは、ドイツ・オーストリアの古典派音楽、とくにモーツァルトとシューベルトである。今回のBBC Concertでは、その二人の作品が聴ける。ブレンデルとのピアノ協奏曲は、セッション録音で全集が進行中だが、これは同時期のライヴなので、聴き較べも楽しみである。

山崎浩太郎(やまざきこうたろう)
1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。演奏家たちの活動とその録音を、その生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書に『クラシック・ヒストリカル108』『名指揮者列伝』(以上アルファベータ)、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』(キングインターナショナル)、訳書にジョン・カルショー著『ニーベルングの指環』『レコードはまっすぐに』(以上学習研究社)などがある。
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