ニワトリとタマゴ、どちらが先か。これはむずかしい。
ではシンフォニー・オーケストラとオーケストラ・コンサートなら、どちらが先か。これは、答えがある。
オーケストラ・コンサートが先だ。楽器をもった連中が100人ばかり、目的もなくただ集まったとしても、どうしようもない。演奏会場と日時と演奏曲目が定められたもの、すなわちオーケストラ・コンサートで、楽器をひくために集められた連中が、やがてシンフォニー・オーケストラになるのだ。
イギリス史上初の常設のオーケストラも、そうして生まれた。 それまでは、コンサートがあるたびに集められ、終わればちりぢりになるだけだった烏合の衆が、初めて有機的な集団として、長期的に活動するようになった。それは、ロバート・ニューマンなる興行師が、ヘンリー・ウッドという指揮者と組んで、ロンドンのクイーンズ・ホールで、夏に大衆向けの廉価なコンサートをシリーズで開こうと考えたのが、はじまりだった。
安くするために平土間は席を取り払って、立見席だけにする。これはフランスで「プロムナード・コンサート」と呼ばれる方法だった。集められた音楽家たちは、会場の名前をとって「クイーンズ・ホール・オーケストラ」と呼ぶことにした。このシリーズが大成功して長期化したため、コンサートは「プロムス」と愛称がついて定着し、オーケストラの方も、イギリス初の常設オーケストラに発展することになるのである。
第1回の日付は、1895年8月10日。それからちょうど100年後の1995年8月10日、その第1回演奏会の模様が再現された。クイーンズ・ホールは第2次大戦で破壊されたためにロイヤル・アルバート・ホールに変わったが、往時を記念してニュー・クイーンズ・ホール・オーケストラと名乗った団体は、楽器を19世紀末のスタイルでそろえる徹底ぶりで聴かせてくれる。
山崎浩太郎(やまざきこうたろう)
1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。演奏家たちの活動とその録音を、その生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書に『クラシック・ヒストリカル108』『名指揮者列伝』(以上アルファベータ)、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』(キングインターナショナル)、訳書にジョン・カルショー著『ニーベルングの指環』『レコードはまっすぐに』(以上学習研究社)などがある。
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