今や、ジャズは聴く時代ではなく、演る時代である。
このままでゆくと聴く人はどんどん減り、演る人はどんどん増えてゆく。
さて、そこであなた。あなたもなにか楽器をやるでしょう。私は当たるを幸い、いろんな人に訊いてみる。
「いや実はトランペットをちょっと。」
「えー、私はギターを少々。」
「クラリネットをブラス・バンドで。」
得意そうに鼻をうごめかす。人は得意になると本人の自覚なしに鼻が動くのである。
それはともかく。
楽器を演る人は多いが、実は、成就する人はまことに少ない。100人に一人というところだろう。
成就するにはどうしたらいいか。ある有名なミュージシャンに訊いてみた。「楽器がうまいと女にもてる。」この一念を失わないことだそうだ。
さて、あなたが一念を捨てず一丁前になったとしよう。すると今度はCDを出したくなる。これはしかし難関である。一万人に一人といっても過言ではない。
でもこれはいわゆるメジャー・デビューの話。マイナー・リリースでよければ幾らでも話はある。
よろしい。本日はその話をしよう。あなたが目出度くCDを世の中にぶっ放すにはどうしたらいいか。
ライブ・ハウスに出演するのである。どこのライブ・ハウスでもいいわけではない。
厳選の限りを尽くす必要がある。
どういうライブ・ハウスを選んだらいいか。
CDをリリースしているライブ・ハウスである。
当然のことながら、そう何軒もあるわけではない。
ニューヨークでいえば「スモールズ」がある。有名な「ブルーノート」のそばにある若年ミュージシャンの登竜門といわれるライブ・ハウスで、ここは最近バンバン若年のCDを発売し始めた。
しかし、ニューヨークは遠い。
近間で探さなければいけない。
赤坂の「ビー・フラット」。ここが現在、自店に出演のミュージシャンの作品を世に問い出したのだ。
レーベル名は「セブン・ステップス」。マイルスが演奏した有名な「セブン・ステップス・トゥ・ヘブン」という曲がある。「天国への七つの階段」だ。
すでに何枚か出版していずれも順調な歩みをたどっているという。
今日はそのうちの一枚をご紹介しよう。
CDの主人公4人はライブ・ハウス「ビー・フラット」の主要出演メンバーだ。
アルト・サックス、バリトン・サックス、ベース、ドラムスのカルテット編成でピアノ抜き。なぜピアノがないのか。
ピアノはソフトな楽器のイメージだが意外にもゲンコのような音を出す。これが入る入らないでトータルの音が全然違ってきてしまう。ピアノが入らないと全体のサウンドが実に柔らかく感じられる。4人はリクイッド・サウンド、つまり流体的ソフト・フォーカスの音を狙ったというわけだ。
流れるような柔らかいサウンドで似合う曲といったら「センチメンタル・ジャーニー」の右に出るものはない。
録音のほうの音は、いまいちだなぁ、と言う人がいるかもしれないが、いわばスッピンの音。
化粧をしていない音ということだ。
お金持ちメジャー・レーベルではないから機材にお金がかけられない。
でもスッピン・サウンドが逆に幸いした。
いかにもライブ・ハウスで録音したんだなとわかるザワッーと反射する音。
作られたという音からいちばん遠い音。
自然主義リアリズム、ここに極まれるなり。
志賀直哉の文章のような音なのだ。
寺島靖国(てらしまやすくに)
1938年東京生まれ。いわずと知れた吉祥寺のジャズ喫茶「MEG」のオーナー。
ジャズ喫茶「MEG」ホームページ