女の執念は凄い。
あの人に負けてなるものか。
男だって執念はある。しかし、しばらくすると他のことを考え、まあいいかで酒でも飲んで寝てしまう。
こういう複雑と単純の構造の上に女と男は出来ている。
女の複雑さが最も端的に現れたのが現代のピアノ・トリオ・シーンであろう。
以前、このページで安井さち子を紹介した。女の一念が彼女をしてピアノ・トリオ界の大きな一角にのし上げたという話。
これで、そろそろ執念は終わりかと思いきや、いやはや、どこまで続くぬかるみぞ、なのだ。
その上、執念の火付け役、大西順子まで戦線に復帰したというのだから、混迷の度合はますます広がり、女の戦い、いつ果てるともない状況に突入した。
いやしかし、これでなくてはジャズ界面白くない。戦いのないところに勝利なし。
さらに近頃、ライブハウスに見慣れない顔が出没するという噂がしきりなのだ。だみ声の酔っ払い親父の横で目つきの鋭い男がステージを凝視している。
レコード会社のプロデューサーである。どこぞにいいピアノ・トリオの玉は隠れていないか。熱心なレコード会社は未来の女性スターを求めて夜回りを欠かさない。
まさに今、女性ピアノ・トリオはブームの真っ只中にある。
そんなさなか、また一人、上等な玉が現れた。
この人、安井さち子の好敵手と言っていい。安井さち子もうかうかしていられない。いつ寝首をかかれるかわからない。
とにかく、作曲能力が大変なものなのだ。安井も作曲が得意である。まずこの点が真っ二つにぶつかっているから面白い。
スタンダード・ソング同様、いや、それ以上にオリジナル曲が美しく耳に響いてくるというのは、それだけでジャズ・ミュージシャンとして得難い素質である。楽想が豊か、ということだ。
今、我々ジャズ・ファンが求めているのは聴き応えのあるオリジナル曲である。ハッと一瞬、胸が高鳴るオリジナルである。決してピアノ奏法の細かい技術ではない。それはバークレー校の学内でやってくれ。
この二人が、オリジナル作りの俊才として目下のところ最前線にいるのだ。
「ザ・サンドストーム」が安井のこれまでのベスト曲なら、「タンゴ・ソレラッド」が三輪洋子の最高曲と私は思う。
いつまでも心に残るメロディーである。二、三度聴かなければわからないというジャズのオリジナル曲特有のものではない。
初めて聴いてわかり、すぐに喜びを感じ、この曲を自分の幸せの源にしようと考える曲だ。
聴き易い曲は飽き易いと言われるが、それは演奏が浅いからに他ならない。
二人の演奏は濃い。ディープである。
安井の外向的演奏、三輪の内向的演奏と分ければ二つに分けられる。遠心力のあるプレイと求心力のあるプレイと言ってもいい。
弾けてゆく演奏と内にこもる演奏。共に二つとも美しい。
私は昼に「ザ・サンドストーム」を聴き、夜に「タンゴ・ソレダッド」を聴く。私にかしずく昼の女と夜の女、である。
こんな美曲が現れるなら「女の戦争」どんどんやっていただきたい。
寺島靖国(てらしまやすくに)
1938年東京生まれ。いわずと知れた吉祥寺のジャズ喫茶「MEG」のオーナー。
ジャズ喫茶「MEG」ホームページ