オムニバス盤が好きである。思わぬ拾い物があるからだ。
そういえば、10年も昔のこと。とある日本のレコード会社がジャズ・ジャイアンツ10人のオムニバス盤を作ったことがあった。ソニー・ロリンズやジョン・コルトレーン、レッド・ガーランドにビル・エバンスなど。それぞれを得意とする評論家が一人ずつを担当して編集したのだが、いや、そのつまらなさといったらなかった。
拾い物という精神が欠如していたからだ。評論家の特性を活かしていわゆるこれが名演だ、名曲だの方向に走った。ソニー・ロリンズなら「モリタート」に「セント・トーマス」、ビル・エヴァンスなら「ワルツ・フォー・デビー」に「枯葉」。
私はレッド・ガーランドを請け負ったが、ここ一発とばかりに、彼不得意のスロー・バラードを全部採り上げ、おかげで偉い評論家の方からガーランドはチョコマカとスイングする速い曲が名演だろう。あんた間違っていると諭された。やっぱりオムニバス盤というのは、ビギナーを取り込むというより、そんな珍しい曲があったのか、ではそれが入った元のCDを買いましょうという気持ちを購買者に起こさせてしかるべきものだろうという気がする。
そこへゆくと、SONYから出た須永辰緒の「夜ジャズ」は立派である。私がオムニバス盤に絶対必要と考える「何?この曲、誰?この人」というのがこのCDには満載だ。ロニー・ロスの「ブルユワーズ・キャッスル」なんて、あなた、ご存知ですか。私は知らなかった。実に口惜しいのである。俺の知らないものなど駄演、駄曲の類に決まっているだろう。でも、聴いてみるとこれが龍宮城へ案内されたような名品、珍品、酒池肉林の大宴会大会であった。「Brewers Castle」の曲名もいい。「酒池肉林城」。あわててオリジナルのCDを探し出す私であった。
中にはマイルスの「マイルストーンズ」などというお馴染みの曲もあるけれど、その種類はほんの僅かで、ザ・ミラーズの「プリティ」やザ・ペドラーズの「エブ・タイド」などまぁ知らないのは私だけかもしれないが、しかし私にとっては、大変結構な見つけ物。ジャズ・ファンというのはそのようにして「新品」をみつけてゆくのが正しいのである。さて、今月ご紹介のCDはもうお気付きのようにオムニバスの一枚だ。このところ日本で人気、実力ともにほとんどナンバー・ワンの地位にのし上がったオーストラリアの品格正しい名花、ジャネット・サイデル。そのサイデル嬢のこれまで日本版で発売されていなかった6枚のCDから一挙に一枚に収束した、これぞジャネット・サイデルの龍宮城という贅沢盤。
さて、そこでひとつ困った問題が持ち上がったと思ってくれ給えジャネット・サイデルに駄曲、駄唱なし、なのである。全て平均点以上にすばらしい。そういう人なのである。そういう歌い手なのである。選曲者としてはそこで大変に苦労するわけである。
えーい、ここはもうひたすら自分の好きな歌唱の曲を選ぶしかないな。名唱だとか、歌唱力だとか、そんな立派なことを考えていたら10年かかっても完成を見ることはないな。私はそう開き直ってようやく初めて気分がさわやかになったのである。苦痛から解き放たれて、空の彼方に虹を見たのである。
全16 曲、私は柄にもなくストーリーを考え、一曲目に生きることの嬉しさや楽しさが弾けるような「ザ・ベスト・シング・フォー・ユー」を持ってきた。中間の数曲は彼女のトレイド・マークである心に太陽が溢れた何曲かを選曲した。そして、ラストの一曲「ウィンター・ムーン」。ここで彼女はマルチ楽器奏者のトム・ベイカーと共演している。彼女の恋人である。このトム・ベイカーが急死したのだ。まるでそれを暗示するかのような悲痛な一曲。ちょっと涙が出てくるのである。
(P.S.)このCDに入った、思わぬ拾い物を一曲お教えしましょう。よほどのジャネット・サイデル・ファンも多分ご存じないだろう。「黒いオルフェ」である。サイデルの歌う「黒いオルフェ」?といぶかる方が多いんじゃないだろうか。選曲者のほくそ笑む瞬間である。これがまた、とにかくいいんだ。気持ちを込めるような、はぐらかすような、一寸声を高いほうに持っていって、いつものジャネットじゃないみたいで、しかし思わず知らず抱き寄せて果敢に激しくキッスの一つも奪いたくなるような可愛らしさ。いや この一曲は絶品、絶品なのであった。
寺島靖国(てらしまやすくに)
1938年東京生まれ。いわずと知れた吉祥寺のジャズ喫茶「MEG」のオーナー。
ジャズ喫茶「MEG」ホームページ