「PCMジャズ喫茶」ではいろいろなテーマをもうけて放送しているが、店主の寺島靖国氏はときどき難題を吹っかけてくる。先日は「最近もっとも惚れ込んでいる曲か歌を一曲」というリクエストがあったが、これはうれしかった。いま夢中になっている歌があったからだ。
それは「センド・イン・ザ・クラウンズ」で、ミュージカル「リトル・ナイト・ミュージック」の挿入歌。作詞作曲はスティーヴン・ソンドハイム。1973年作だから古くもなく、そんなに新しくない歌である。ぼくは以前から聴いていたが、長くそのほんとうの魅力を知らないでいた。
最近その歌の詞に当たってみて、強く心を惹かれるようになった。
これはサーカスのコンビが恋人同士なのだが、男の気持ちが少し女性から離れていき、それを感じた女性が集中心を欠いて演技を失敗し地上に落下する。”みっともないから、舞台に道化師を入れて”(Send In The Crowns)という歌なのだが、ぼくには一行目からぴったりとした訳がつけられないのである。
一行目はこうで、下手な訳をつけてみた。
Isn't It Rich? Are We A Pair?
『ご立派じゃない? 私たちが名コンビだなんて』
この一行には自虐的な表現がこめられているのだが、どうもうまく訳せない。
翻訳といえば、村上春樹がこのところさかんに小説を訳している。フィッツジェラルドが書いた「グレイト・ギャツビー」(中央公論社)を買って読んだが、彼ほどの英語力があっても、いやあるからこそなのか、訳しきれない言葉があるらしい。主人公のギャツビーが友人を含めて男性に会うと、相手をOld Sportと呼ぶのだが、この言葉の的確な訳がみつからないと彼はあと書きでいっていて、訳さないで『オールド・スポート』のままにしている。ここでの「Sport」は運動のスポーツではなく、友人の意味なのだが、ギャツビーはイギリスのオックスフォード大学の卒業という設定になっているので、ちょっとキザで大げさないい方を好み、Old Sportを連発する。だから強いて訳せば『おお我が友よ』といったところだろうが、村上春樹はわざと『オールド・スポート』のままにしたのだろう。
しかし、歌の歌詞の場合は訳さなければならないからむずかしい。
ところで「センド・イン・ザ・クラウンズ」はサラ・ボーンが得意だったし、ぼくも好きだが、82年にカーネギー・ホールで行われた「ソンドハイムの夕べ」のビデオをニューヨークで買ってきて見たら、なんと映画「危険な情事」の女優グレン・クローズが歌っていて、これが最高だった。
寺島靖国氏はあくの強い黒人の歌が嫌いなので、サラ・ボーンのアルバムははずして、しっとりと歌うアン・バートンのCD「雨の日と月曜日」(TDK)をもっていってかけた。まあまあとの反応だったが、この歌がきっかけで、三人とも「最近あまり昔のようないいスタンダードが生まれないね」という話をはじめたが、ロックなどが台頭して、音楽事情が変わってきたからであろう。現代にあまりいいスタンダードがないので、最近バート・バカラックの曲がリバイバルしているのかもしれない。また最近ジャズメンはスティービー・ワンダーの曲やロックを素材にするケースもおおくなってきている。
ぼくも、「センド・イン・ザ・クラウンズ」の魅力を再発見し、「ジャズは曲で聴くべし」という寺島氏の主張がわかるようになってきている。
岩浪洋三(いわなみようぞう)
1933年愛媛県松山市生まれ。スイング・ジャーナル編集長を経て、1965年よりジャズ評論家に。
現在尚美学園大学、大学院客員教授。