日本人はジャズではピアノ・トリオが好きなようだが僕はビッグ・バンドが大好きだ。アレンジメント、アンサンブル、ソロと楽しみが多いからでもある。日本でも最近、守屋純子、野口久和、三木俊雄がときどきビッグ・バンドの演奏を聴かせてくれるし、レギュラーのビッグ・バンドもいくつかあるが、シャープス&フラッツが今年で姿を消し、ニューハードなくなったのは淋しい。そして、日本のビッグ・バンドも少し行儀がよすぎる気がする。
かつてトランぺッターの大野俊三は、ギル・エバンスのビッグ・バンドにいて、毎週月曜日に”ヴィレッジ・ヴァンガード”や”スィート・ベイジル”に出演していたのを聞いたことがあるが、ギルは彼にいつも、譜面どおり吹かなくてもいい、自分が飛び出したいと思ったらそこでソロを取れ、と言っていたそうである。ギルのバンドのエキサ イティングな演奏は、そういったバンドのあり方から生まれたのだと思う。
また黒人のクリフォード・ジョーダンのビッグ・バンドを何度かニューヨークで聴いたが、昔のハーレム・バンド風で楽しかった。セカンド・ステージが始まっても、何人かのミュージシャンが外出したまま戻っておらず、歯抜けなのだがリーダーは平然と演奏をはじめ、抜けていたメンバーもそのうち一人、二人と戻ってくるのだが、悪びれずに演奏をはじめ、リーダーもとがめないのだ。そののんびりとした風景にぼくは、これがジャズというものなんだ、と感じた。
僕はニューヨーク在住のピアニスト・なら春子と一緒に聴きにいっていたのだが、リーダーのジョーダンは、よく知っている彼女を客席に見つけるとステージに呼び上げ、あまり編曲のいらないブルースを一緒に演奏した。また別の日にはサックスのジョージ・ブレイスやトランペットのデイジー・リースが遊びに来たのだが、すぐにステージに呼び上げ一緒に演奏した。たとえビッグ・バンドでもこれが本当のジャズのあり方なのだ。日本のビッグ・バンドもこのようなルーズさを取り入れて欲しいものだ。
ところで西海岸にいくと、ウエスト・コーストならではの面白さがある。ハリウッドは映画の都なのでスタジオ・ミュージシャンが多く、ビッグ・バンドもたくさんあるが、故ベイリー・ジェラルド・ウィルソン、フランク・キャップらのビッグ・バンドをよく聴きに行ったが、どのバンドにも何人か同じミュージシャンが座って演奏しているのを見かけた。バリトン・サックスの座には複数のバンドでジャック・ニミッツを見かけた。彼は西海岸一のビッグ・バンド・バリトン奏者なので引く手あまたなのだろう。一時西海岸にいた秋吉敏子の話だと、西海岸ではアレンジャーやビッグ・バンド・リーダーには自ずとランクがあり、先に契約していても、ランクナンバ-1のクィンシー・ジョーンズから声がかかると、メンバーをクィンシーに取られてしまうケースがあるのだとか。ジャック・ニミッツは、ウディ・ハーマン、スタン・ケントン、ジェラルド・ウイルソン、ビル・ベリー、ルイ・ベルソン、ドン・メンザなどの有名ビッグ・バンドを渡り歩いてきた名手であり、スーパー・サックスでも演奏した。
その彼の珍しいコンボ演奏の『コンファメーション』(フレッシュ・サウンド)を中古CDの箱で見つけたので、すぐに買って早速『PCMジャズ喫茶』で紹介したら幸い好評だった。「センチになって」や「ハロー・ヤング・ラバーズ」といったスタンダードのほか、スーパー・サックスやチャーリー・パーカーのアドリブを軽々と吹いてみせてびっくりさせた「コンファメーション」や「ブルー・モンク」「ブルー・ボッサ」といったジャズ曲も演奏している。西海岸では、ビッグ・バンドで演奏した後の彼に何度も会ったが、いつも笑顔をたやさない礼儀正しい紳士という印象を受けた。
なお、上記のアルバムは、ルー・レヴィ(P)、ジョー・ラバーバラ(Ds)らと共演したカルテット、95年、彼が65歳の時の演奏である。
岩浪洋三(いわなみようぞう)
1933年愛媛県松山市生まれ。スイング・ジャーナル編集長を経て、1965年よりジャズ評論家に。
現在尚美学園大学、大学院客員教授。