前号で寺島靖国氏もふれていたが、64年の歴史を持ったジャズ専門誌「スィング・ジャーナル」が6月発売号で休刊してしまった。ジャズ界の大きな柱がなくなって、とまどい困っている。ジャズ界の話題を提供してくれる点でも便利だったのだが・・・。
しかたなく自分で話題を探すことにした。
いま注目しているプレイヤーの一人にアルトサックス奏者の寺久保エレナがいる。ミュージックバードのぼくたちの番組でも先日紹介して好評だった。口の悪い寺島氏もほめていたが、彼女はまだ現役の高校三年生で、いまも札幌の高校に通っている。6月に「NORTH BIRD」(キング)でデビューしたばかりだが、たぶん“北国のチャーリー・パーカー”という意味で「NORTH BIRD」のタイトルをつけたのだろう。別にパーカー・スタイル一辺倒というわけではなく、今日の新しい奏法も取り入れている。渡辺貞夫、山下洋輔、日野皓正らも絶賛しており、早い曲もバラードもうまいし、高校生としては出来過ぎと言いたいほどしっかりとした演奏で、なにもかもが整っている。早くも9月上旬の「東京JAZZ 2010」への出演も決まり、これからの活動にも注目したい。
頭角を現すジャズ・ミュージシャンの年齢はどんどん下がってきている。なんでも小学生のブラスバンドがチック・コリアの「スペイン」を演奏する時代なのだから。
もっとも、話題にしたいのは新人だけではない。中堅やベテランにも見逃せない人がいる。それは二人の『順子』だ。ピアノの大西順子と歌の秋元順子だ。
大西順子は昨年EMIミュージックから久々にトリオのアルバムを出して、あざやかに復活を果たし、ベスト・セラーを記録した。その大西順子が早くもユニバーサル・ミュージックに移籍し新作「バロック」(ヴァーヴ)をニューヨークで録音した。やはり注目しないわけにはいかない。ニコラス・ペイトン(Tp)、ジェームス・カーター(Ts, Bcl, Fl)、ワイクリフ・ゴードン(Tb)、レジナルド・ヴィール、ロドニー・ウィテカー(B)、ハーリン・ライリー(Ds)らN.Y.の精鋭たちと共演している。
大西順子は日本でも6重奏などで演奏しているのを聴いたことがあるので、彼女が試みたかった編成なのだろう。この6重奏で自作3曲と、ミンガス、パーカー、モンクのナンバー、それにスタンダードの「フラミンゴ」、ほかにもピアノソロで「スターダスト」「メモリーズ・オブ・ユー」を演奏している。ピアノ・ソロはアート・テイタムを思わせるオーソドックスなプレイで、彼女の成長と円熟を感じさせ、共感を覚えた。6重奏団のものは、ワイルドで奔放で、ガッツを前面に押し出している。現代的集合即興演奏で、チャーリー・ミンガスの精神を感じた。
番組では寺島氏のリクエストで「フラミンゴ」をかけたが、これがまずかった。バラードで、幻想的なアンサンブルとエリントン的なミュートを用いたりしているのだが、聴き方によっては欲求不満になる演奏である。ハードな演奏の連続の後でこの演奏を聴くとホットするのだが、この曲を最初に聴くと「なんだ!これは?」といいたくなるだろう。案の定、この日の出演者みんなから悪評ふんぷんだった。寺島氏の誘導にのってこの曲をかけたのが間違いだった。
家に帰って一連の流れの中で聞き返すと、大西順子のピアノ・ソロの部分などは美しかったし、全体の演奏も悪くなかった。ただ演奏すべてに全面的に共感というわけではないが。
大西順子の後に、もう一人の順子こと、秋元順子の「テネシー・ワルツ」を口直しにといってかけた。寺島氏は下手だといったが、素直でハートを感じる歌手だ。新作「スィンギン/原信夫とシャープス&フラッツ・ウィズ秋元順子」(キング)の中で4曲歌っている中の一曲である。彼女は歌謡界でも人気者だが、もともとジャズも歌っていた人で、ぼくは感じのいい歌と聴いた。
岩浪洋三(いわなみようぞう)
1933年愛媛県松山市生まれ。スイング・ジャーナル編集長を経て、1965年よりジャズ評論家に。
現在尚美学園大学、大学院客員教授。