2006年04月/第27回 ジャズは乱れてこそ



やあ諸君、元気かね。
しばらくご無沙汰していたが縁あって、またお目にかかることになった。よろしく頼む。


早速だが、いまだにPCM番組で重要人物であり続ける安原顯さんが、ついこの間新聞に出た。亡くなって3年になるのに新聞種になる、やっぱり凄い人だ。


朝日と毎日でご覧になった方もいるだろう。村上春樹さんの生原稿を安原さんが古書店に流したとかで、当の村上さんから、それはないよ、みたいな非難の声が上がったのだ。もともと、安原さんは村上さんと仲が良く、中央公論社で担当編集者だった。


ところが、何かのきっかけでこの二人の間に亀裂が入った。音信不通になる。よくあることだ。その間のいきさつが今月号の「文芸春秋」に村上さんの手で詳しく書かれている。


「一種の盗み」だというのである。


この件で、村上さんは安原さんから多くのことを学んだり恩恵を受けた。しかし、それとこの「盗み」は断然別物だろうと。


うーん、それは分かるが、しかし安原さんが意志的に原稿を流出させたというのはどうだろう。もう二人の仲は終わったんだ、こんなものは持っていてもしょうがない。本と一緒に処分してしまおう。・・・・この程度の意志ではなかったのか?安原さんはその時、ガンを宣言されていた。人の原稿のことなどどうでもよかったのではないか?


村上さんには迷惑がかかったが、仕方ないことだったのだ。安原さんが反論できないのが気の毒である。墓の中で歯ぎしりするしかない。そこがいちばんかわいそうである。


もう一度繰り返そう。亡くなってからもなお、今、ノーベル賞候補とも言われる人からモンクを言われた。大した人だ。


さて、今日は、異色のピアノ・ジャズをご紹介しよう。嶋津建一トリオの最新作だ。


嶋津建一はちょと前に「オール・カインズ・オブ・バラッズ」という一作を世に問うている。これが優れていた。バラード集だから心が静かになると思って聴いたのに逆に心が騒がしくなった。


ピアノ・トリオのバラッド集というのは世の中にごまんとある。しかし、この一作は何かが違う。どこかが異なる。シンプルで大人しい形をした人心攪拌器だ。心が美しく乱される。怪しく乱される。


嶋津建一は、この一作でこれまでにない「何か」を掴んだ。


「してやったり」。彼がほくそ笑む感触が伝わってくる。


そして今回の矢継ぎ早の第二弾の発売となった。


殿、ご乱心である。嶋津建一は島津の殿様にそっくりの風貌であるが、ついに乱心した。一作目で人を惑わしたが、今度は自分が乱れてしまった。ジャズは乱れてこそのジャズである。


・・・・・・今は正気のジャズが多くてつまらない。

寺島靖国(てらしまやすくに)
1938年東京生まれ。いわずと知れた吉祥寺のジャズ喫茶「MEG」のオーナー。
ジャズ喫茶「MEG」ホームページ

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