2009年01月/第60回 個性を隠す個性

今日はジャズ・ミュージシャンの個性というものについて書きたいです。

個性ほど大切なものはないと言われています。どうしてかというとジャズは伝承の音楽、ありていに言うとコピーの音楽ですから個性が大切ということにしておかないと皆、先輩と同じになってしまうのですから個性、個性とうるさいのです。

個性自体は悪いことではありません。大いに結構。ソニー・ロリンズやジョン・コルトレーン。立派な個性です。しかしいくら立派と言われても、あなた、あなたですよ。

もし好きになれなかったらどうします?

私、毎度申し上げているように駄目なんですね。御両人とも。強過ぎて。吹き方の個性が。一曲二曲なら「おお、いいなあ」と思います。けれど、2~3曲続くともうげんなり。個性というのは『自分の好きな個性』に限るんですね。

さて、そこで私の好きな個性というのを申し上げましょう。テナー・サックスで言うなら自分を殺して好きな曲の旋律を目いっぱい満開にして吹いてくれる人。そういう個性を持つ人を私は求めています。

いませんね、そういう人。最近。どこぞにいないかそういうテナーマン。いたら一作CDを作りたい。

ドラムの松尾明さんが紹介してくれました。高橋康廣さんです。

「むずかしいなあ」。開口一番高橋さんはそう言いました。「あなたが言うように、テーマを崩さずにメロディーをろうろうと歌い上げるってのが一番大変なんですよ」。

だからミュージシャンってみんなして曲を崩して、変なくせで吹いてそれを個性と称している。個性をかくれみのにしている。

さすがに高橋さんはそこまではおっしゃらなかったが、性格の悪い私はそんなふうに邪推したわけです。

「例えばどんな曲ですか?」高橋さんは聞いてきました。

「『リンゴの木の下で』なんかどうでしょう。」

「どんな曲でしたっけ?」

私歌いましたよ。黙っているわけにはゆかない。ミュージシャンの前で曲を口ずさむって大変なんですけどね。『冷や汗三斗』というやつです。

「うーむ。」

再び高橋さんは考え込みます。

さてレコーディングの当日、一曲目に『リンゴの木の下で』がスタジオから聞こえてきました。

実は高橋さんは52歳の大ベテランです。吹こうと思えばコルトレーン風だろうがロリンズ風だろうがスタンリー・タレンタインだろうが自由自在のテナーマンだそうです。

しかしスタジオから聴こえてきた『リンゴの木の下で』はもちろんそのどれでもない『個性を殺した』高橋さんのテナーでした。『リンゴの木の下で』をともかく高橋さんはストレートに真っすぐに歌い上げています。一節たりとも崩していない。崩そうとしない。自分を押し出すのではなしに『曲を吹く』ミュージシャンという境地に自分を持っていっています。

ジャズのミュージシャンにとって曲は演奏のための素材といわれています。しかし、高橋さんはあえて曲の『しもべ』になったのです。曲に勝ちを譲ったのです。

これが、しかし、結果的に強い個性となりました。そんなふうに演奏するミュージシャンなんてどこにもいませんからね。シンプル・イズ・ビューティフル。美旋律が身ぐるみはがされてもだえている。うそだと思ったら聴いてみて下さい。

自分のプロデュースしたCDをこのページで書くのは本意ではありませんでしたが、ご勘弁願います。

寺島靖国(てらしまやすくに)
1938年東京生まれ。いわずと知れた吉祥寺のジャズ喫茶「MEG」のオーナー。
ジャズ喫茶「MEG」ホームページ

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