2009年02月/第61回 So What(だからどうなの?)

 新譜CDの数を越えて名盤の復刻盤が続々と発売になっています。単なる復刻ではなく最新の製盤技術が駆使されたという宣伝文句がジャズとオーデイオ・ファンの心を刺激するのは当然でしょう。24ビットといった従来の電気的改善も行きわたった現在レコード各社が注目しているのは製盤の素材です。ガラス盤の導入などの実例もありました。従来から使用されてきたポリカーボネィトを更に改良した素材の応用と製造工程のノイズ低減です。すでに新素材によるHQCDやSHMCDも発売となっています。

 そこで「PCMジャズ喫茶」の録音スタジオで音質の比較試聴を行いました。先入観を排除したブラインドテストです。2枚のCDを聴き終わってからどちらが新旧かの意見も述べました。リスナーの皆さんにも放送で判定してもらう企画です。音の良し悪し以外に好き嫌いもあるので判定が間違ったとしてもいいのです。

 ソニーミュージックからも「Blu-spec CD」の発表があり、六本木のスタジオで聴くことが出来ました。その特徴は資料と解説によれば「正確なピット成型によりジッターの発生を極限まで排除したマスターテープクオリティCD誕生」とありました。具体的には「ブルーレザー・ダイオードを使ったカッティングによる極微細加工と空冷フアンによる振動を除去した製盤行程」さらに「新開発の素材である高分子ポリカーボネィトの採用」です。

 数人ずつ6回に分けて試聴会が行われるというので、指定された時間に合わせて六本木駅にたどりつくと、ジャズオーデイオ評論家のKさんとばったり会いました。何年間かジャズ専門誌「スイング・ジャーナル」で録音評を担当してきた間柄です。

 ソニーのスタジオでは試聴の音源としてクラシックやポップスをはじめとした、各音楽ジャンルの曲が紹介されました。ジャズはマイルスのヒットアルバム「Kind of Blue」から、『So What』を従来盤とブルースペック盤との聴き比べです。楽器の輪郭はより鮮やかになり、全体的にノイズ感が無くなったのは確かです。ジャズファンのKさんと私もそこは納得したのです。『So What』はアナログLPや最初のCDで、音は耳の奥まで記憶されていました。

問題はここからです。比較試聴の結果を例えれば、薄ものを着ていた美人が素裸になって現われたような印象です。もしマイルスが再再発の復刻CDを聴いたら、口癖の『So What』と云うかもしれません。

 吉祥寺のジャズカフェ「メグ」でビールを飲みながらこの話を聞いていたS君は、「CDが再発されるたびに買ってしまうから、同じアルバムが何枚も溜まってしまう。だから古いのは友達にあげることにしています。」と云うのです。再発CDは誰が買うのだろうと疑問を持っていた私への回答にもなっていました。

 ジャズレコードをそのまま聴かないで自分の好みの音に再調整して聴くのがジャズオーデイオの極意ではないかと思っている私には、オリジナル音源再生への願望はありません。オーデイオ純粋主義者からみれば異端児なのです。

 にもかかわらずアナログLPを探してレコード中古店をうろついているには理由があります。アナログLPでしか味わえないジャケットの存在感(大きさや色など)という誘惑には負けてしまうのです。レコードを買うというよりは、絵画を買うという感覚かもしれません。

 そのS君がなんとイラストで描かれたオリジナル・ジャケットだけを集めた写真集を出すというので、原稿を見せてもらう機会がありました。仲間うちで囁かれている幻の名盤も数多く入っています。出版されれば直ちに購入すると約束したのでした。

長澤 祥(ながさわ しょう)
1936年生まれ。オーデイオメーカー数社を経て、日本オーデイオ協会事務局長を15年務める。

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