2009年05月/第64回 遠くて近いジャズとオーディオの仲間

 私の部屋には地方からもジャズファンが時々やってきます。

岐阜の20代の女性・Kさんが突然やって来ました。「PCMジャズ喫茶」を聴いているうちに好奇心が湧いてきたというのです。寺島さんや岩浪さんは恐れ多いので流石に訪問は出来ないという言い訳でした。放送で声だけ聴いているうちに我々がどんな風体なのか検証したいということで、新幹線でやって来たのです。
2時間ほどオーディオルームでジャズを聴いていましたが、無口な彼女からの会話は無く、私からの質問ばかりでした。彼女はハイとかイイエとか答えるばかりで、家出の女性と会話しているような雰囲気がしばらく続いたのを憶えています。
名古屋市内のジャズ喫茶には時々通っているという話が糸口でした。ジャズと読書が余暇の楽しみですという彼女は、小柄ながら凛とした顔立ちで、次第にジャズの好き嫌いを話し出しました。帰る途中ジャズカフェ「メグ」に寄りたいというので地図を書いて別れました。その数か月後に彼女から宅配便で柿が届きました。

 九十九里浜の近くに住む初老のオーディオファンMさんが2時間かけて車で遊びに来たことがあります。はがきで連絡があり約束をしていました。10数枚のCDとお土産などを袋にどっさり詰めて汗をかきかき部屋に入ってくるなり、私の装置をこまごまと尋ね始めて立ちつくしています。それからオーディオ人生を延々と話し始めたのです。自慢話ではなく苦労話です。ストーリーの多くはスピーカーシステムやアンプの自作と音にこだわったジャズアルバムのコレクションであったと思う。収入の大半を道楽に費やしてカミさんと喧嘩が絶えないという話にもなりました。
オーディオ自慢で有名な方の自宅を数件訪問したという話になり、本当か嘘かも定かでありません。訪問した先々で必ず試聴したというCDがこれですと言う。ディブ・ブルーベック・カルテットの「GONE WITH THEWIND」(Sony Records SRCS9362)、1959年ロス録音です。確かに音は素晴らしい。特にポール・デスモンドのアルトサックスの音色には聴き惚れてしまいます。私が気に入った様子をみたのかCDをしばらく預けるので、後で返して欲しいということになりました。それならと私も好意を受けて借りることになったのです。このアルバムを何十回聴いただろう。今も手許に残っています。というのは約束通りCDを返送したのですが、受取人不明で戻ってきてしまいました。

ディブ・ブルーベックを初めて聴いたのは昭和28年高校生の頃で深夜VOA(Voice Of America)放送でした。当時短波放送で野球の中継を聴いていましたがVOAを受信してジャズを聴くことも出来たのです。マイルスのレコードも連夜流れていました。その後、日本でもブルーベックのシングル盤が発売となり直ちに買ったのを憶えています。「ブルーベックのピアノはスィングしない」などとジャズ雑誌で書かれていましたが、ポール・デスモンドのアルトサックスを聴いているだけで満足です。ピアノはおまけで聴いていたように思います。

アルトサックス吹きを3人挙げろと言われれば文句なしにアート・ペッパー、バド・シャンクとポール・デスモンドではないでしょうか。ピアノトリオは飽きたのでワンホーン・カルテットを聴こうという掛声が出ていますが、残念ながら現役プレーヤーでこれら3人を超える者はおりません。テナーサックスを含めて今は管楽器プレーヤーにスター不在の時代となってしまったのです。

話は脱線しますが女性はアルトサックスを好み、男性はテナーサックスに惚れるというのは本当でしょうか。
 
アルバム「風と共に去りぬ」はアメリカの民謡ばかり集めた構成で「スワニー・リヴァー」「ロンサム・ロード」「草競馬」「ベィズン・ストリート・ブルース」「オール・マン・リヴァー」と「ゴーン・ウィズ・ザ ・ウインド」など9曲が収録されています。ほかメンバーはジーン・ライト(b)ジョー・モレロ(dms)でピアノやアルトサックスに負けないくらい鮮やかな音の輪郭で鳴るのです。ブルーベック数多いアルバムの中でこれは最高傑作です。新素材をベースにした再発CDが各社からリリースされていますがこれはぜひ新技術で復刻して欲しい1枚です。

長澤 祥(ながさわ しょう)
1936年生まれ。オーデイオメーカー数社を経て、日本オーデイオ協会事務局長を15年務める。

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