2009年09月/第68回 ニシオギとJAZZ

 吉祥寺に住んでいるが隣町の西荻窪が好きでよく出掛けてゆく。雑踏の吉祥寺から電車で2分離れるとそこはもう都会の田舎町といった風情でいささかのわびしさがあり、そこが気に入っているのだ。ぶらぶら歩いて古本屋をひやかし、昔からあるダンテの珈琲をのみ、仕上げは丸福の中華ソバとガシッと冷えたビールの中ビン一本という小幸福のパターンをここ10年ほど繰り返している。西荻窪は普通「ニシオギ」と呼ばれていて、そうなると一層わびしさが募ってくるが、そういう西荻窪にこれほどふさわしい店はあるまいというのが「アケタの店」だ。

 もっとも私も人さまのことを言えた義理ではない。私の店「メグ」がライブハウス化して久しいが、その汚さ、わびしさゆえにライブハウスの名をけがしているんじゃないのか。吉祥寺には「サムタイム」や「ストリングス」といったライブの名店舗があり、実にゴメンナサイといった塩梅なのだ。私も小綺麗な店が欲しい。

 「アケタの店」というと有名な伝説がある。ああ、あれかと察した人は読まなくてもいいが、ある人が「アケタの店」を訪れると、お客が3人いた。演奏時間になるとその3人が舞台に上がって結局ラストまでお客はその人だけ。途中帰るに帰れず、苦悶の数時間を過ごしたという話。

 まったく涙を誘う話ではあるが、私の店だってその強力伝聞に負けないぞ。と、威張れた話ではないがミュージシャン5人に客が3人などというシチュエイションがしょっ中だ。さて支払いをどうする。ミュージック・チャージが3人で7,500円。一人の受け取り分1,500円。ベーシストなど駐車場代にもならない。リーダーは本日は持ち出しライヴですなどとアナウンスして笑っているが、いや、店側だって大赤字。売り上げが4,000円に届かず人件費も出ない有様だ。

 まあ、月に何回か席の埋まる日があってそれで首を吊らずに済んでいるが、ライブハウスはいずこも同病相哀れむといった現状なのだ。頼む。せいぜい通ってくれや。

 さて、「アケタの店」が経営発売する『アケタズ・ディスク』からマイク・レズニコフの「タイム・トゥ・スマイル」が近頃の新譜として発表された。マイク・レズニコフのドラムに竹内直のテナーとクラリネット、吉野弘志のベースというピアノレス・トリオだがピアノレス・トリオという形式がどうのという問題ではない。そんなのは目的に対する手段で目的は「ロンサム」「アイ・サレンダー・ディア」「ハート・オブ・マイ・ハート」といった微光というか寂光というか、鈍い光りを放つ珠玉のB級、いや、C級D級曲群のまさに胸に迫り来る『ニシオギ・ジャズ』的うらぶれ感にある。うらぶれてはいるけれど、卑しくない。うらぶれが胸を張っている。そこが賞すべき決定的に大事なところである。私はドンと一発後頭部をはたかれた思いがした。

 『アケタズ・ディスク』のこれまでの作品すべてが好きなわけではない。否、むしろ少なからず異和感があった。しかしこの一作を耳にして私は過去の作品を洗い出してみたくなったのである。そのくらいの静かなハイ・パワー、静かなハイ・テンションを持っていた。概して見かけ倒し、うそっぱちのテンションなどで固めたピカピカのニューヨーク・ジャズやマンハッタン・ジャズ。恐れ入ってこうべを垂れてこれを聴け!

寺島靖国(てらしまやすくに)
1938年東京生まれ。いわずと知れた吉祥寺のジャズ喫茶「MEG」のオーナー。
ジャズ喫茶「MEG」ホームページ

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