2011年5月/第88回 フランク・シナトラのそっくりさんたち

 フランク・シナトラは一世紀に一人しか現れない大歌手と言われたりする。いやそれどころか、彼に匹敵するシンガーなど絶対に現れないだろうと僕は思う。

 歌がうまいのはもちろんだが、人間としての存在感がほかの歌手とまったく違う。背おって歩いてきた人生の重みが違うのだ。真のスターでありエンターテイナーである。

 だからスキャンダルで何度か危機を迎えたが、それを乗り越え、決して消されることはなかった。スキャンダルによって消されないのが本当のスターなのだ。

 彼はマフィアとの繋がりがスキャンダルのネタにされたこともあった。少々意地の悪い伝記作家キティ・ケリーが、シナトラの伝記を書くと発表しただけでこの作家を名誉毀損で訴えたが、まだ発表されていないという理由でシナトラ側の敗訴となった。この本は日本でも出版されたが、たしかに彼の私生活をあばき立てていた。

 ところで先日イギリスの歌手による『シナトラを歌う!ゲイリー・ウイリアムズ』(SSJ)というCDがでたので、この中の「アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン」をPCMジャズ喫茶でかけた。

 声はシナトラよりやや細い、明るくクリアーだがバックのオーケストラのアレンジもネルソン・リドルそっくりなので一層シナトラ風に聴こえるのである。ゲイリーはイギリスでは著名で、この『シナトラを歌う!』が10枚目のアルバムというから、彼は決してシナトラのそっくりさんで商売しているわけではない。シナトラが好きなのでシナトラの愛唱歌集を吹き込んだのだろう。

 だからそっくりさんを目指すいやらしさはない。すっきりした嫌味のない歌い方だ。好感はもてるがシナトラと比較してはかわいそうだ。シナトラは女性遍歴も多彩だったし、人生の酸いも甘いも味わい尽くし、重い荷物を背おって歩いてきた人生がその歌に反映されている。深い表現には他の歌手は太刀打ちできないのだ。

 うまい歌手には、シナトラが最初目標にしたビング・クロスビーもいたし、同じか少し遅れて現れた人気歌手にはペリー・コモもいた。しかし、シナトラに関する本は何十冊も出版されているが、ビング・クロスビーの本は数冊しかなく、ペリー・コモにいたっては1~2冊しか僕は知らない。二人は真面目人間で、大きなスキャンダルもなく、話題にする話がないからだろう。

 僕がニューヨークにいる時、フランク・シナトラが亡くなった。すると一週間後くらいから、ゴシップ誌、ライフ、音楽誌、新聞が一斉にシナトラを特集したので、それを全部買って日本に持って帰った。その中で一番面白かったのが「シナトラが愛した12人の女と憎んだ20人の女」というゴシップ誌の記事だった。シナトラの面目躍如である。

 さて、次の週のPCMジャズ喫茶ではもう一人のシナトラそっくりさんのスティーヴ・ローレンス『Steve Lawrence Sings Sinatra』(GL Music)を持ってきて、この中の同じ曲「アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン」をかけた。スティーヴのほうがゲイリーよりもっとシナトラに似ている。声も男性的で力強く、シナトラに間違えかねないほどよく似ている。

 寺島靖国氏もスティーヴは好きだという。スティーヴのシナトラ好きはシナトラ公認であり、このCDのジャケにもシナトラと並んで笑っている写真が掲載されている。編曲もまたネルソン・リドル風だ。スタジオでの写真にはスティーヴの夫人のイーディー・ゴーメの姿も写っている。この夫妻はデュエットのレコードも沢山作っており仲の良さでも有名だ。

 スティーヴの方も愛するシナトラに敬意を表するために作ったCDであって、そっくりさんで商売しようとしているわけではないので好感がもてる。

 7~8年前頃だろうか、N.Y.のブロードウェイでミュージカル・ショウ「Dear Sinatra」が上演されていた。シンコッティはこのショウに出ていた一人なので、そっくりさんとはいえないが、シナトラのレパートリーを歌ってきた歌手の一人だ。またハリー・コニックJr.はピアノの弾き語りだが、シナトラがレパートリーにしてきた古いスタンダードが得意だし、シナトラにあこがれ、シナトラのように映画でも成功したいと考え、何本かの映画に出演してきた。うまい歌手だが日本ではあまり人気がないのか、500円以下といった中古CDコーナーに沢山彼のCDが残っている。

 これからもシナトラをめざす歌手は何人か現れるだろう。それを聴くのもひとつの楽しみだ。

岩浪洋三(いわなみようぞう)
1933年愛媛県松山市生まれ。スイング・ジャーナル編集長を経て、1965年よりジャズ評論家に。
現在尚美学園大学、大学院客員教授。

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