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音楽コラム「Classicのススメ」


2011年6月/第93回 義を見てせざるは~メータの場合

 このたびの東日本大震災では、被災地の一日も早い復興を祈るばかりだが、クラシックの興行界にも大きな影響があった。
 海外の演奏家の来日中止も続くが、なかにはそんなときこそと、強い使命感をもって演奏してくれる人々もいる。来られなかった音楽家にもさまざまな事情があるので、あげつらう気はないが、来日した音楽家の勇気とプロ意識の高さには敬服し、大いに励まされたことには、心底から感謝したい。
 その一人に、ズービン・メータがいる。
 メータが指揮者として来日していたフィレンツェ歌劇場は、震災4日後に公演を中止、帰国した。メータだけは日本に留まって、日本のオーケストラと支援演奏会を開くことを希望したが、電力不足による混乱などのために実現できず、いったん離日した。
 しかし4月10日、メータは多忙な日程の合間を縫ってふたたび来日、NHK交響楽団と「第9」を演奏してくれた。この熱意に、私は正直なところ驚いたし、同時に、この指揮者がイスラエル・フィルと、強固な信頼関係を長く築いてきた理由が、初めて本当の意味でわかったような気がした。
 イスラエルという国をどう評価するかは、さまざまな意見があるだろう。それはそれとして、イスラエル・フィルが、平和な国では考えられないような、非常に困難な条件のもとで活動してきたオーケストラであることは、たしかである。
 メータは1963年以来共演を重ね、いまは終身音楽監督の地位にある。この機会に、このコンビのつくる音楽を、ライヴ録音のボックスに聴いてみることにしたい。

 

山崎浩太郎(やまざきこうたろう)
1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。演奏家たちの活動とその録音を、その生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書に『クラシック・ヒストリカル108』『名指揮者列伝』(以上アルファベータ)、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』(キングインターナショナル)、訳書にジョン・カルショー著『ニーベルングの指環』『レコードはまっすぐに』(以上学習研究社)などがある。
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