音楽コラム「Classicのススメ」


2009年12月/第75回 ミンコフスキの愉悦

 

 ほんの数日前に、ミンコフスキとルーヴル宮音楽隊の来日公演を聴いてきたばかりだ。
 猛烈に面白く、愉しかった。音楽が、フレーズが、一つ一つの音が、生き生きと鮮やかに躍動した。しかも、同時にフォルムがしっかりしていて、崩れないことに驚かされた。崩れているなら、ただの下品な音楽にすぎない。しかしかれらは、高速で緩急強弱と音色を変化させながら、総体的な響きや基本となるリズムを崩さなかった。
 おそろしく高水準な位置で、遊んでいるのである。フレーズを崩さずに、しかも歌うという矛盾をやってのけた人に、大指揮者クレンペラーがいるが、そういった人々を思い浮かべずにはいられなかった。もちろん、ミンコフスキはいかめしく皮肉っぽい表情の代りに、音楽を楽しんでいることを隠さないが。
 その弾力と呼吸感。二十世紀後半によく聞かれた、禁欲的で潔癖主義の、しかし単調なハイドンとは、まったく別の痛快で刺激的で、快活なハイドンがここにいる。来日公演の前後には他にも演奏会が続いて、さまざまな時代と様式と規模の音楽を聴いたのだが、ミンコフスキたちの音の鮮やかさと芳醇さは傑出していた。二十世紀風のオーケストラは、もはや「モダン」などと、あぐらをかいていられる状況ではなくなっている。
 感心したのは、ミンコフスキが個々の奏者に見せ場を与えるように細かく配慮していたこと。それがハイドンの場合、音楽の中にある合奏協奏曲的な性格を引き出し、響きを多彩にする効果につながっていた。優秀なロンドンのオーケストラを得て、あれこれ工夫するパパ・ハイドンの喜びが、甦ってきたかのようだった。

 

山崎浩太郎(やまざきこうたろう)
1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。演奏家たちの活動とその録音を、その生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書に『クラシック・ヒストリカル108』『名指揮者列伝』(以上アルファベータ)、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』(キングインターナショナル)、訳書にジョン・カルショー著『ニーベルングの指環』『レコードはまっすぐに』(以上学習研究社)などがある。
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