音楽コラム「Classicのススメ」


2005年02月①/第03回 ノリントン、ライヴで聴かなきゃ意味が無い

 レコード業界の人から、「ノリントンが売れなくて困る」という話を聞いたのは、今から10年くらい前のことだ。

 当時は、アーノンクールにガーディナー、ブリュッヘンなどの「古楽器指揮者」たちが一躍脚光を浴び、ポスト・カラヤン時代のメジャー・レーベルの新たな金看板として次々とCDを発売、話題の中心にあった。ノリントンもその一人として、ヴァージンやデッカに録音していた。

 それなのに、ノリントンだけはライバルたちに比べて、さっぱり売れなかったという。ただし、これは日本だけの現象で、本国イギリスはもちろん、ヨーロッパ諸国やアメリカでは逆に大人気だったのだそうだ。「なぜ日本だけ?」と欧米でも日本でも、首をひねっていたという。

 ところが今、ノリントンは日本でも大きな話題を集める存在になった。2003年度のレコード・アカデミー賞の大賞をとったベートーヴェンの《合唱》交響曲を筆頭に、彼の指揮するCDはことごとく高い評価を受け、そしてとてもよく売れている。

 人気急上昇のきっかけになったのは、2001年のシュトゥットガルト放送交響楽団との初来日公演だった。スタジオ録音ではわからなかった、彼の音楽の跳ねまわるような活力や、英国の指揮者の伝統ともいうべきユーモアのセンスが、実演でようやく日本の聴衆にも伝わったのである。ノリントンの魅力は、ライヴかライヴ録音でなければ、わからなかったのだ。

 今回の放送では1992年と93年の、日本ではまださっぱりだった時期のライヴ録音をご紹介する。ピリオド楽器のロンドン・クラシカル・プレイヤーズと、20世紀楽器のロンドン・フィル、それぞれでどんな「活気とユーモア」を聴かせてくれるのか。さらに前者の演奏会には、ベートーヴェン自身の所有という1817年製のフォルテピアノも登場する。これも楽しみだ。

 

山崎浩太郎(やまざきこうたろう)
1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。演奏家たちの活動とその録音を、その生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書に『クラシック・ヒストリカル108』『名指揮者列伝』(以上アルファベータ)、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』(キングインターナショナル)、訳書にジョン・カルショー著『ニーベルングの指環』『レコードはまっすぐに』(以上学習研究社)などがある。
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