音楽コラム「Classicのススメ」


2005年02月②/第04回 ロジェストヴェンスキー、バレエのように

 ロジェストヴェンスキーは、指揮者として早熟の人である。デビューは1951年、ボリショイ劇場での《くるみ割り人形》のバレエ公演を指揮してのことで、この年の彼は20歳、まだモスクワ音楽院在学中の学生だった。1955年の音楽院卒業試験でも、プロコフィエフのバレエ《シンデレラ》をボリショイ劇場で指揮して教授陣を驚倒させ、その翌年に早くも同劇場の正指揮者の一員に迎えられたという。そして1957年には日本を初めて訪れたボリショイ・バレエ団に指揮者として帯同しているから、来日経験はすでに半世紀に及ぼうとしているわけだ。

 1961年にモスクワ放送交響楽団の首席指揮者に就任してからは、コンサートとオペラを中心に活躍してきたが(欧米で「バレエ専門の指揮者」というのは、あまり尊敬されない存在なのだ)、その演奏の根本にあるのはやはり、バレエすなわち舞踏音楽の持つ躍動感である。実際、彼のコンサートの曲目にはバレエの全曲や組曲がしばしば含められている。バレエ音楽がけっして踊りの添え物ではなく、独立して楽しめるものであることを聴衆に伝えたい、と彼は思っているのではないだろうか。

 確かに、20世紀音楽の歴史、特にその前半の歴史を考えるとき、バレエ音楽がはたした役割は大きい。ストラヴィンスキーの《春の祭典》他の作品やラヴェルの《ダフニスとクロエ》など、興行師ディアギレフがパリで上演させたバレエ音楽は、その後の時代に甚大な影響を与えた。それはドイツ流の交響曲中心主義とは別の、力強く活気にあふれたムーヴメントだった。オーケストラには、交響曲で発揮されるものとは異なる魅力、つまりもっと肉感的な運動性や色彩感が潜んでいることが、バレエ音楽をとおして提示されたのである。
 ロジェストヴェンスキーは、オーケストラという「楽器」の、そのようなバレエ的な肉体性を聞かせてくれる指揮者なのだ。

 

山崎浩太郎(やまざきこうたろう)
1963年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。演奏家たちの活動とその録音を、その生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書に『クラシック・ヒストリカル108』『名指揮者列伝』(以上アルファベータ)、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』(キングインターナショナル)、訳書にジョン・カルショー著『ニーベルングの指環』『レコードはまっすぐに』(以上学習研究社)などがある。
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