音楽コラム「Jazzのススメ」


2006年07月/第30回 ロソリーノと野球



私は文化人であるからジャズは聴くが野球は観ない。そういう主義を通してきた。しかしイチローが現れて私は趣旨変えをしたのである。イチローには普通の野球選手にはない知性がある。
私はいっぺんでイチローに惚れこんで彼の出演するマリナーズ戦を好んで観るようになった。


大リーグを観るようになってから気がついたのだが、向こうの野球は日本と違うところがある。観客である。どう観てもアメリカの観客は日本人と違う。何というか、大人しいのである。殺気立っていない。もちろん勝敗にこだわるんだろうが、試合そのものを楽しんでいる風が大きくある。子供連れが多い。


画面を観ているとスタンドの観客のありさまが頻繁に写る。もちろんプレイする選手が主役に決まっているが観客も脇役としてきちんと遇されているのがわかる。ホームランの球がスタンドに叩き込まれる。カメラは球の行方を追ってゆく。首尾よく誰かがその球を手にしたりするといかにも嬉しそうなその人を画面できっちりとらえてあげるのだからアメリカは偉い。


それにしてもアメリカの客はよく球を欲しがるものだ。イチローが、飛んできた球をしっかり補球し、それをいかにも自然にさりげなくスタンドに投げ入れアメリカ人が喜ぶとなんだかこっちもじんわりと幸せな気分になってくる。あれくらい日米親善に役立つものはない。


何回目かの交替の時に観客が一勢に立ち上がってなにやら歌い出すのだから慣れない日本人は驚いてしまう。


アメリカ人は3人集まるとコーラスをはもり出す人種と聞いたことがあるが、野球場であの大勢が口を揃えて歌いだすとは知らなかった。


阪神ファンが黄色い大旗振って大騒ぎしているのに海の向こうでは静かに声を揃えての合唱野球はアメリカが勝ち。さっそくの合唱曲が「Take me out to the Ballgame」である。


いつの間にか憶えてしまい、いい歌だなと思っていたら、おっと、こんなCDの中に入っていたとは。しかも私の好きなトロンボーン演奏ときたもんだ。いや、長生きするものである。


余程のトロンボーン・ファンでなければ目を付けないだろう。レーベルは「ショボイ」いや、失礼、「サボイ」。ブルーノートやプレステージに比べ断然しょぼさで勝るサボイ。


しかしこんな上玉が潜んでいたのだなぁ。あなどれないぞ、サボイは。


特にこうしたオムニバスはさらに深く探ってみる必要がありそうだ。


J・Jジョンソン、カーティス・フラーといった一流名前がジャケットに見える。「Take me out to the Ballgame」を演っているのはフランク・ロソリーノだ。


イタリア系のロソリーノはテクニシャンとして通っているJ・J・ジョンソンよりもテクニカルに聴こえるといってもいい。同じテクニシャンながらロソリーノとJ・Jが明らかに違うところ。それは選曲である。ロソリーノはJ・Jが間違いなく絶対演らない曲を選ぶ。


それが「Besame Mucho」だったり「Linda」だったり「座って自分に宛てて手紙を書こう」だったりするが「Take me out to the Ballgame」もそうしたいかにもユーモリストのロソリーノにふさわしい一曲なのだ。


スタン・ケントン楽団に50年代に在団した。楽団は楽旅が多い。バスの中でロソリーノはマウスピースをピューピュー吹いていつもまわりを笑わせていた。クレイジーだと言われもした。


ハイスピードテンポの実にテクニカルな演奏ながらどことなくユーモアを感じさせるロソリーノのプレイ。屈託のないほのぼのとしたプレイはどこかアメリカの野球場に通ずるものがある。


[P.S.] ロソリーノの「Take me out to the Ballgame」が入ったCDが9月20日、日本コロムビアから発売されます。オムニバス4枚組で岩浪洋三さんと私がコロンビアの持つさまざまな音源から25曲づつ、計50曲を力一杯選曲「岩浪VS寺島」の対立構造でリリースされることになりました。「Take me out to the Ballgame」を発見してしまった私はサボイ音源をさらに深く静かに探ってゆきたい。4枚組で3000円というのですから安い。なんと1枚750円、 1曲60円のお買い得。なんだか岩浪さんと私が低く見られているような気もしますが、そこは会社の太っ腹、といい風に善意に解釈しておきましょう。

寺島靖国(てらしまやすくに)
1938年東京生まれ。いわずと知れた吉祥寺のジャズ喫茶「MEG」のオーナー。
ジャズ喫茶「MEG」ホームページ