音楽コラム「Jazzのススメ」


2007年01月/第36回 不治の病「熱中症」

私を含めて趣味の「熱中症」にかかっている人に同情すると同時に自分自身も生涯不治の病と覚悟することにした。熱中症は年齢に関係なく突然やってくる。熱中症には短期で終わるものと長期に続くものがある。私の場合を白状すると「ジャズレコード」「オーディオ」「酒と珍味」は長期熱中症で50年位不治の病となってしまった。いっぽう短期熱中症は「写真撮影」「推理小説」「ストリップ劇場通い」「アブサン」「将棋」「クルマ」「テナーサックス」流石に「骨董品」は銭がかかり過ぎるので諦めた。

 短期熱中症候群はバッファリンを飲んで直ぐ効くみたいに治まってしまう。一過性の熱中症で「多趣味症候群」とも呼ばれている。ところが長期熱中症候群は治らない。ジャズレコード人間の私であるから特定ミュージシァンに熱中すると集中的にレコードを買い漁り聴きまくる。

 1950年頃からジャズを聴き始めたが直ぐにウエストコースト・ジャズにはまってしまい「コンテンポラリー」や「パシフィック」レーベル熱中症にかかった。後遺症は今も続いている。

 1995年頃だったと思う。エリック・アレキサンダーのデビューアルバム「UP, OVER & OUT」に出会って驚いた。なんと新鮮なテナーサックスの音か。エリックのテナーサックスを聴く熱中症にかかってしまった。以来エリックのアルバムは全て買って聴いている。 熱中症候群の危険性は浮気の虫が何時も侵入してくるので危ない。浮気の虫が本気の虫となる。いま私の中に住みついた虫の名前はグラント・スチュアート。クリスクロスレーベルのデビューアルバムから最新アルバムまで集めてしまった。完成されたようなエリック・アレキサンダーとは違って成長期のグラント・スチュアートには発芽期のモヤシのような生命力を演奏に感じる。新作「ESTATE」と「WAILIN’」には芽生えるエネルギーが溢れている。今回放送では「COOKIN’」から曲「TROUBLE IS A MAN」を選んだ。テナーサックスの音に痺れるのはホーンから吹き出る低音のひびきではないだろうか。デクスター・ゴードンにせよソニー・ロリンズにせよ中低音の魔力が耳をひきつける。映画「お熱いのがお好き」でマリリン・モンローが呟いた。「私テナーサックスに弱いの。あの音聴くと骨抜きになっちゃう。甘いメロディーをテナーサックスで8小節吹かれると私メロメロになっちゃう」。グラント・スチュアートはその「メロメロ」の音を聴かせてくれる。「グラント・スチュアート熱中症候群」に感染してしまった現在だが「ジャズオーディオ中毒症」にも50年ほどかかっている。こちらは副作用が激しく金銭感覚が麻痺してしまう。1m15万円のケーブルを平気で買ってしまう友人さえいる。

中毒といえば究極の珍味と魯山人が絶賛した能登半島の「くちこ」と「このわた」の味を覚えてから禁断症状が始まった。羽田からひたすら能登空港に向かう。「珍味と旅する男」はカード払い不感症も併発してしまった。

長澤 祥(ながさわ しょう)
1936年東京生まれ。オーデイオメーカー数社在籍後、前日本オーディオ協会事務局長。現在「PCMジャズ喫茶」出演。