音楽コラム「Jazzのススメ」


2007年02月/第37回 新人歌手 ロバータ・ガンバリーニ讃

去年の11月23日にアニタ・オディが心不全で亡くなった。86歳だったが、最後まで現役で歌っていた。昔の江戸っ子のように、宵越しの金を持たないような生き方が好きだった。カーメン・マクレエはお金が出来ると、ベバリーヒルズにお手伝いさんをやとって生活していたが、アニタはアパートで一人暮らしだった。晩年のインタビューで、アニタは「たとえすっても競馬が大好き。結婚したこともあるが、それももう終わった。結婚はキライ。ジャズとは何かって?それは私の人生」と答えていた。

 アニタが亡くなったのは淋しいが、その代わりともいうべき生きのいい新進ジャズ歌手が現れた。それがイタリア系のロバータ・ガンバリーニだ。昨年2度来日し、‘コットン・クラブ’とコンコード・ジャズ祭で聴いたが、抜群の歌唱力で、スキャットもうまいが、バラードの情緒たっぷりの歌い方など、ベテランもびっくりの表現力をみせてくれる。ただ者ではない歌手だ。ベテランがいなくなれば、必ず新人が出てくる。これは何の世界でも同じではなかろうか。野球の松坂大輔が何十億だかで大リーグ入りし、このところの相次ぐ大リーグ入りで日本のプロ野球を心配する向きもあるようだが、そんなことはないとおもう。ビッグな大リーグ入りをみて野球を目指す子供はふえるだろうし、むしろ野球の人気は高まるだろう。日本のプロ野球もケチなことはいわず、もっと全盛期の選手が早く大リーグに行ける道をつけた方がいいとおもう。上がいなくなれば、新人も早くスターになれるだろう。

 ジャズ界でも1970年代に日本のジャズメンのニューヨーク行きが流行ったことがある。しかし海外生活は嫌いという人もいて、みんな実力者が海外へ流出するわけではないし、何年か経つと大半のジャズメンは日本へもどってきた。海外での活動がそんなに甘いものでないことは野球もジャズも同じである。

 ところで、先日番組‘PCMジャズ喫茶’で、ぼくはロバータ・ガンバリーニの「ディープ・パープル」をかけた。ぼく、寺島靖国氏や長澤祥氏ら古手は「ディープ・パープル」といえば、すぐに昔ヘレン・フォレストが歌った「ディープ・パープル」を思い出してしまう。ところがゲスト出演の若き人妻Aさんは「あら。こんな歌はじめて聴いたけど、とてもすてきね」といった。白紙で聴けるAさんはすてきだ。われわれ3人、‘知り過ぎていた男たち’はどうしても過去のヘレンと比べてしまう。不幸なのだ。次回にはヘレン・フォレストの「ディープ・パープル」をかけて人妻Aさんの感想を聞いてみたい。

ところでロバータ・ガンバリーニの「ディープ・パープル」は昨年末に発売された彼女の第二作「ラッシュ・ライフ/ロバータ・ガンバリーニ&ハンク・ジョーンズ」(55RECORDS)に収められている。今回はバラードをたっぷり歌っているが、そのうまさに舌を巻いた。

  ロバータの歌は、じつは4年ほど前ニューヨークでライブを聴いたことがあった。N.Y.の歌手で親しくしている歌手カーラ・ブレイに誘われて‘ジャズ・ギャラリー’で聴いたのだが、その時はエラ・フィッツジェラルドのような歌い方で、スキャットもうまいが、まずまずの新人という印象だった。ところが来日時には見違えるような、個性たっぷりの歌手に変身していて、心底びっくりしてしまった。来年も日本でツアーの予定ありと聞いているので、今から楽しみだ。

岩浪洋三(いわなみようぞう)
1933年愛媛県松山市生まれ。スイング・ジャーナル編集長を経て、1965年よりジャズ評論家に。
現在尚美学園大学、大学院客員教授。