音楽コラム「Jazzのススメ」


2008年09月/第56回 ジャズとユダヤ人の関係

アメリカで活躍してきた白人系ジャズメンでは、ユダヤ系とイタリア系が多いのに気がつく。とりわけユダヤ系のミュージシャンはジャズの発展にも多いに寄与していたように思える。そんなこともあって、僕はユダヤ系のジャズメンに大きな関心を寄せてきた。レコード屋でもユダヤ系ジャズメンのCDがあるとつい手が伸びてしまう。

先日も輸入レコード屋の店頭に並んでいた新譜に「アヴィシャイ・コーエン・トリオ/ジェントリー・ディスターブド」(RZDAZRD4607)があったので買ってしまった。最近では名前を見ただけでユダヤ人かそうでないかの区別がつくようになった。

コーエンというのはユダヤ系にかなり多い名前である。映画「ノー・カントリー」で今年のアカデミー賞を取ったのがコーエン兄弟なのはご存知の方も多いだろう。ジャズではないが、レナード・コーエンというカナダの吟遊詩人、シンガーソングライターも有名である。ヴァイヴ奏者テディ・チャールズも最初の頃はテディ・コーエンと名乗っていた。

さて、買ったアヴィシャイ・コーエン・トリオの演奏を聴いてみると、これが悪くないのだ。全11曲中2曲はコーエンとメンバーの合作だったが、いちばん心にのこったのは2曲のユダヤ民謡だった。特に「LO BAION VELO BALY LA」の哀愁をおびたメロディに魅せられた。

早速「PCMジャズ喫茶」のスタジオに持っていってこの曲をかけたが、たまたまこの時だけスタジオのモニター・スピーカーの調子が悪く、ベースの音があまり聞こえなかったため、寺島氏と長澤氏の感想も「まあまあだね」で終わってしまったが、自分がいいと思えばそれでいいので、あまり気にならない。

ところで、コーエンというミュージシャンは他にもいる。手元にも「Avishai Cohen/The Trumpet Player」(Freshsound)や「Anat Cohen / Place & Time」(ANZIC)がある。同姓同名のジャズメンでトランぺッターがいるというのも紛らわしいが、彼はイスラエル生まれの正統派のユダヤ人である。

このコーエンは3兄弟で、妹のアナ・コーエンはテナー・サックス、クラリネット奏者として今最も注目株の新進プレイヤーであり、特に女性テナー奏者としてはナンバー・ワンだと私は思っている。彼女はシェリー・マリクルの「The Diva Big Band & Combo」でも活動していて、2年前にコンボの方で来日しているが、その時演奏後に少し立ち話をしたが、笑顔のとてもかわいい女性だった。

演奏が終わってステージで写真を撮っていた時のこと。彼女がユダヤ人の好きなクラリネットでユダヤ的旋律を吹き始めると、メンバーのみんながジューイッシュ・メロディを演奏し和気あいあいの雰囲気が楽しかった。

ユダヤ的なジャズを前面に出している人には、「マサダ・シリーズ」のジョン・ゾーンやトランぺッターのデイヴ・ダグラスもいる。ダグラスもユダヤ系アメリカ人に多い名前で、有名なところでは俳優のカーク・ダグラス、息子のマイケル・ダグラスなどが知られている。

僕がユダヤ系のジャズメンに注目し関心を持つのは、個性的かつ創造的な人たちが多いからだ。

ユダヤ系の人がポピュラーやジャズの世界でまず頭角を現してきたのはティンパンアレーの作曲家・作詞家たちで、ガーシュイン、アーヴィング・バーリン、リチャード・ロジャース、等々みんなユダヤ系である。 例外はコール・ポーターやホギー・カーマイケルなどそんなに多くはない。

そして30年代以降はベニー・グッドマンが「すてきなあなた」「そして天使は歌う」などのユダヤ系の歌をヒットさせ、ハリー・ジェイムス、ジギー・エルマン、スタン・ゲッツなどのユダヤ系の人たちをメンバーに加えた。50年代からは「オー・マイ・パパ」「チェナ・チェナ」「ハイ・ヌーン」「蜜の味」「エクソダス」「アニバーサリー・ソング」などのユダヤ・メロディがヒットし、僕もいつの間にかユダヤ的旋律の虜になってしまっていったようだ。

岩浪洋三(いわなみようぞう)
1933年愛媛県松山市生まれ。スイング・ジャーナル編集長を経て、1965年よりジャズ評論家に。
現在尚美学園大学、大学院客員教授。