音楽コラム「Jazzのススメ」


2010年03月/第74回 パッチンスキーのシンバル

 やっぱり人間、ほめられれば嬉しく、けなされれば悲しい。70歳を過ぎたら恐いものなしなどといかにも大物そうに日頃ホザいているが、それはウソ。歳をとれば剛胆になり、キモっ玉がすわるというものではない。ますます周囲の目を気にするようになる。気にしなくなったらそれはボケた時。

 そういえばこの間ちょっとくやしい思いをした。ピアニストの山中千尋にホンワリ一発アッパーカットをくらったのだ。彼女、このところ「スイングジャーナル」誌上でエッセイの連載原稿を書きはじめた。これがひときわ異彩を放っている。

 本が来ると私は真っ先にそのエッセイを読み出すのだ。どこが面白いか。ケンカを売っているのである。文章が。文章っていうのはこうじゃなくっちゃいけねえよな、とひそかにエールを送っていたのだがついに先月号、私に矛先が向いてしまったのだ。

 他人のCDについてはいつも言いたい放題なのに、自分のかかわった「寺島レコード」について少しでも否定的なことを書かれると、烈火のごとく怒る。なんと心のせまい御仁なのか。とまあこんな趣旨のことが書かれていた。

 ギャフンときたねえ。クソっと思ったが考えてみるとその通りだ。返す言葉もないし文句のもってゆきどころもない。

 もうひとつ。医師であり、ジャズ・オーディオ・マニアであり、重度の当番組リスナーである横須賀の三上さんが自分のホームページで松尾明クィンテットの音がひどいと書いたらしい。本人が私を目の前にして言うんだから間違いない。

 グワッーときましたね。医者にもガンを告知する人と、しない人がいるらしいが、この人は勇躍敢然と告知する人だろうなと思った。

 「CDの音が悪いんじゃなくてお宅の装置がよくないんでしょう。 自分の装置の音の悪さに気付かずにCDのせいにする。よくあるケースですよ。オーディオ・マニア誰しも自分の装置が可愛い。最高優秀な音を出すと思い込んでいますからね。」

 こう言ってやろうと思ったが言えなかった。余計ウラミが残ったのである。

 さあ、ここでようやく本日の課題に入ることになる。CDというのはどこのお宅でも同じように鳴るわけではない。相性があり鳴り方はまちまちである。凶と出たり吉と出たりする。それが録音の面白さでありオーディオの楽しみなのだが、ここに一枚、どこへ行っても大体優秀な音で鳴るCDというのがあるのだ。本日ご紹介の『パッチンスキー盤』である。ドラマーのパッチンスキーはフランス人だが、昨年「ジャズ批評」誌で彼の前作「セネレイション」が最優秀録音賞を取った。その次作にあたるのがこの「プレザンス」。ライヴ盤なので若干前作に音的には劣るのは致しかたない。しかしリーダー、パッチンスキーのシンバルの切れ味のすさまじさ、これは恐ろしいくらいに継承されている。

 しかしこの世の中、シンバルの切れ味の鋭さを求めて音を聴く秘密結社的、歓楽的オーディオ・マニアが30人ほどいるらしい。私もその一人なのだがこのCDを聴きつつ、シンバルの切れ味に酔いつつ、酒をくみかわせたらどんなに幸せだろう。そうなったら人に何を言われようと平気の平左だろうと思った。

寺島靖国(てらしまやすくに)
1938年東京生まれ。いわずと知れた吉祥寺のジャズ喫茶「MEG」のオーナー。
ジャズ喫茶「MEG」ホームページ