音楽コラム「Jazzのススメ」


2010年07月/第78回 脱"定番”の時代

 「スイング・ジャーナル」が休刊になった。

 私のような老ジャズ・ファンにとっては大変な衝撃である。高校生の頃ジャズが好きになり「スイング・ジャーナル」に育てられ、 まさに我が青春のスイング・ジャーナルだったのだ。編集部員が神々しく見え、まして編集長ともなれば雲の上の人で口などきけたものではなかった。

 そういえば岩浪洋三さんが編集長の頃のことだった。この話はどこかに書いたが、えーい、かまうものか。どうせ原稿料は安いのだ。二重書きくらいしないと元のとれるものではない。ホレス・シルバーのブルーノート盤「ザ・スタイリングス・オブ・シルバー」のオリジナル盤を買ったがいまいち面白くない。それで売ることに決めてSJ誌の「売りたし欄」に応募したら、岩浪さん本人が買いたいと言ってきた。

 さあ大変だ。会わなければいけない。渋谷の「デュエット」でお目にかかったが、まともに顔も見られない。うつむいてモジモジしていた。

 なのに今はどうだ。「PCMジャズ喫茶」でいくら私が店主とはいえ、「岩浪さん、そんなのも知らないの?」などと言いたい放題。どうもすみません。

 というのはどうでもいい話で、SJ誌がなぜ休刊という事態に落ち入ったのか。

 レコード会社その他の広告が激減した。それもあるだろう。しかしもっと大きな原因は「大物ミュージシャン至上主義」を40年も50年もくり返してきたことにありそうだ。マイルス、コルトレーン、エバンス、キース、などなど、毎号同じような記事扱いで、さすがに読者はあきた。60代、70代の読者が多い。よくぞ、何十年も読み続けてきたものである。大物ミュージシャンを論じておけば間違いない。そう、安易にSJ誌はふんでいた形跡があった。

 しかし再刊の話もある。ぜひもう一度立ち上がって欲しいものである。 やっぱりスイング・ジャーナル誌がなくしては困るのだ。

 さて、長いマクラだったが今回は日本人歌手をご紹介しよう。先日さるジャズ・クラブで「クライ・ミー・ア・リバー」の聴き比べをやった。ジャズのビギナーが望むのは聴き比べである。まず曲を憶えられるというメリットがある。ついでにミュージシャンの個性を知ることが出来る。

 「クライ・ミー・ア・リバー」といえばジュリー・ロンドン。このトップの位置はゆるがない。彼女の同曲を聴いたらあとは誰を聴いてもくい足りないという人もいる。

比較の相手に先頃発売されたシャンティをえらんだ。2曲終わったあと、どちらが好きかを訊いてみた。ビギナーとはいえ、さすがにジュリーの名前を大部分の人が知っている。ジュリーに軍配が上がると思ったら五分と五分のいい勝負となった。驚いた。

 シャンティ派の人に理由を尋ねると、ジュリーはうま過ぎていやだ。色気が遠い。体が大理石で出来ているんじゃないか。それに比べシャンティはうまいとは言い難い。しかし人肌を感じる。色気が近い。そばに寄っていって肩を抱きたくなる。

 ノリのいい会場であった。しかしそれにしてもジュリー・ロンドンかたなしである。

いつまでも大物に頼ってはいられない。新しい歌手を次々と発掘、光を当てていかなくては女性ボーカル界、先がないと感じた。

寺島靖国(てらしまやすくに)
938年東京生まれ。いわずと知れた吉祥寺のジャズ喫茶「MEG」のオーナー。
ジャズ喫茶「MEG」ホームページ