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楽器別モダン・ジャズ Best Library


(土)16:00~24:00
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ジャズの名盤を楽器別で楽しむプログラム。[トークなし] 

1月15日・22日・29日/ピアノ編~ハンク・ジョーンズ特集
 1918年生まれ。母が歌手の音楽一家で、二人の弟、サド・ジョーンズ(tp)、エルヴィン・ジョーンズ(ds)も一流のジャズ・ミュージシャンになった。アート・テイタム、テディ・ウィルソン、アール・ハインズ、ファッツ・ウォーラーに影響を受けてピアノを学んだ。13歳で巡回ダンスバンドで演奏し始め、44年にニューヨークへ進出。ハワード・マギー、コールマン・ホーキンスらと共演。47年以降にはJATP、エラ・フィッツジェラルド、チャーリー・パーカーらと共演。50年代にはベニー・グッドマン、レスター・ヤング、ミルト・ジャクソン、キャノンボール・アダレイらと共演。60年代初頭には、オシー・ジョンソン(ds)、バリー・ガルブレイス(g)、ミルト・ヒントン(b)とカルテットを結成し、ニューヨークで最も忙しいバンドと呼ばれた。また、59年からはCBSの「エド・サリバン・ショウ」のピアニストも務め、番組が終わる71年まで続けた。70年代後半にはグレート・ジャズ・トリオを結成。2010年に亡くなるまで続いた。2008年アメリカ国民芸術勲章、2009年、グラミー賞生涯業績賞ほか、受賞多数。
<1月15日>
「 Quintet Quartet 」
「 The Trio 」
「 Solo 1976 A Tribute To Duke Ellington 」
「 Love For Sale (The Great Jazz Trio) 」
「 Bop Redux 」
「 Kindness,Joy,Love & Happiness (The Great Jazz Trio) 」
「 At The Village Vanguard (The Great Jazz Trio) 」
「 At The Village Vanguard Vol.2 (The Great Jazz Trio) 」
「 At The Village Vanguard Again (The Great Jazz Trio) 」
「 Milestones (The Great Jazz Trio) 」
「 Tiptoe Tapdance 」

<1月22日>
「 Have You Met Miss Jones? 」
「 The Club New Yorker (The Great Jazz Trio) 」
「 DUO 」
「 The Oracle 」
「 Lazy Afternoon 」
「 Great Standard Vol.3 (The Great Jazz Trio) 」
「 Prerude To A Kiss (The Great Jazz Trio) 」
「 The Essence 」
「 Handful Of Keys 」

<1月29日>
「 Upon Reflection 」
「 For My Father 」
「 Autumn Leaves 」
「 Solo Piano 」
「 Round Midnight 」
「 My Funny Valentine (The Great Jazz Trio) 」
「 Hank Jones Last Recording (The Great Jazz Trio) 」
「 The Memorial Of Hank Jones (The Great Jazz Trio) 」

1月1日/ピアノ編~ジョージ・シアリング特集
 ジョージ・シアリングは1919年、イギリスで盲目として生まれる。3歳からピアノを始め、18歳でピアニスト、プロデューサーとして活躍していたレナード・フェザー(後に音楽評論家で有名)の紹介でレコーディング・デビュー。当時ロンドンにいたステファン・グラッペリのバンドでも活躍した。47年にアメリカへ渡ると直ぐにピバップを吸収。オスカー・ペティフォード・トリオ、バディ・デフランコ・カルテットで活躍。49年には自己のバンドを結成。ピアノ、ギター、ビブラフォンがユニゾンでメロディーを弾くスタイルが人気となり、大ヒットを連発、中でも「セプテンバー・イン・ザ・レイン」は90万枚以上のセールスを記録した。
<1月1日>
「 September In The Rain 」
「 Shearing On Stage 」
「 George Shearing & The Montgomery Brothers 」
「 The Way We Are 」
「 Three Origins 」
「 An Evening With George Shearing 」
「 Grand Piano 」
「 Favorite Things 」

1月8日/ピアノ編~デューク・ジョーダン特集
 1922年生まれ。47年のチャーリー・パーカー・クインテット(マイルス在籍時)のメンバーとして活躍。その後、ジーン・アモンズ/ソニー・スティット、スタン・ゲッツのバンドに在籍。54年には初リーダー・アルバムをレコーディング。彼の最も有名な曲「Jor-Du」を発表する。またフランス映画「危険な関係」の音楽を担当したアート・ブレイキーによって「No Problem(危険な関係のブルース)」が有名になった。端正なピアノと裏腹に喧嘩にめっぽう強く”Duke(公爵)”とあだ名を付けられた。
<1月8日>
「 Trio & Quintet 」
「 Flight To Jordan 」
「 Flight To Denmark 」
「 Flight To Japan 」
「 Duke’s Artistry 」
「 Time On My Hands 」
「 Always 」
「 Beauty Of Scandinavia 」
「 No Problem 」

はミュージックバードライブラリーに新しく追加されたディスクです。

1月1日の曲目 8日の曲目 15日の曲目 22日の曲目 29日の曲目
※オンエア曲リストは放送後2週間を経過すると削除されます。ご了承ください。


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12月4日・11日・18日/ピアノ編~秋吉敏子特集
 1929年、旧満州遼陽生まれ。小1の時、ピアノを始める。46年、日本に帰国、クラシックの基礎を買われ、大分の進駐軍キャンプのダンスホールで演奏し始めるが、そこでジャズと出会う。48年上京。52年、コージー・カルテットを結成。サイドマンには渡辺貞夫がいた。53年、JATPで来日したオスカー・ピーターソンとプロデューサーのノーマン・グランツに認められる。56年、日本人で初めてバークリー音楽院の奨学生となり、渡米。62年、チャールズ・ミンガス・バンドに参加。69年、サックス、フルート奏者、ルー・タバキンと結婚。73年、ロサンゼルスにて秋吉敏子=ルー・タバキン・ビッグ・バンドを結成。83年、ニューヨークに戻り、秋吉敏子ジャズオーケストラ・フューチャリング・リー・タバキンを結成。ビッグバンドは2003年まで、30年間にわたって活動。尊敬するデューク・エリントンが黒人としてのアイデンティティをモチーフとしたように秋吉は「日本人のジャズ」を追求した。ダウンビート紙、読者投票では78年から、批評家投票では79年から5年連続でビッグバンド部門の第1位を獲得。グラミー賞14回ノミネート。99年、「ジャズの殿堂」入り。2007年、ジャズマスターズ賞受賞。

<12月4日>
「 Toshiko Her Trio Her Quartet 」
「 The Many Sides Of Toshiko 」
「 At Newport 」
「 孤軍 」
「 ロング・イエロー・ロード 」
「 インサイツ 」
「 マーチ・オブ・ザ・タッドホールズ 」
「 ニューポート’77 」
「 花魁譚 」
「 Finesse 」
「 塩銀杏 」

<12月11日>
「 フェアウェル 」
「 Just Be-bop 」
「 トシコから愛をこめて 」
「 メモワール 」
「 テンガロン・シャッフル 」
「 Time Stream 」
「 Interrude 」
「 四季 」
「 カーネギーホール・コンサート 」
「 Chic Lady 」

<12月18日>
「 砂漠の女 」
「 Dig 」
「 Night And Dream 」
「 Yes, I Have No 4beat Today! 」
「 toshiko Plays toshiko 」
「 Hope 」
「 Toshiko Meets Her Old Pals 」
「 The Eternal Duo 」

12月25日/ピアノ編~アブダラー・イブラヒム(ダラー・ブランド)特集
 1934年、南アフリカ、ケープタウン生まれ。7歳でピアノを始め、16歳からプロとして活動する。62年、後に妻となるボーカリスト、サティマ・ビー・ベンジャミンと共にヨーロッパへ移住。65年、結婚を機にチューリッヒに定住。同年、チューリッヒを訪れたデューク・エリントンに見出され、アメリカでレコードデビューを果たした。68年、イスラム教へ改宗し、アブダラー・イブラヒムと名乗る。セロニアス・モンクとデューク・エリントンに影響を受けながらも故郷ケープタウンの音楽を取り入れたスタイルはアメリカで好意的に受け入れられ、エルヴィン・ジョーンズ、ドン・チェリーのバンドで、またソリストとして活動した。当時激化するアパルトヘイトとその抵抗に揺れる祖国への想いが、曲想や曲名にあらわれている。86年のアパルトヘイトが撤廃を受け、90年に南アフリカへ移住。音楽学校を創立したり、ケープタウン・ジャズ・オーケストラを創設と、音楽教育にも注力している。2020年旭日双光章受賞。

<12月25日>
「 African Piano(Dollar Bland) 」
「 African Marketplace(Dollar Bland) 」
「 South Africa 」
「 Anthem For The New Nations 」
「 Yarona 」
「 African Suite For Trio And String Orchestra 」
「 Ekapa Lodumo 」
「 Senzo 」
「 Bombella 」
はミュージックバードライブラリーに新しく追加されたディスクです。

12月4日の曲目 11日の曲目 18日の曲目 25日の曲目
※オンエア曲リストは放送後2週間を経過すると削除されます。ご了承ください。


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11月6日・13日/ピアノ編~デイヴ・ブルーベック
 1920年カリフォルニア州生まれ。音楽一家で育ち、大学在学中からジャズスポットで演奏し始めた。教授たちの「もう勉強はやめるべきだ」との助言を受け、42年に卒業。激化する第二次世界大戦の中、徴兵されたが、配属先はパットン将軍下の部隊だった(ピアノ弾くことを要求され、戦闘には参加していない)。戦後、再び大学に戻り、フランスの作曲家ダリウス・ミヨーに師事。変拍子や多様性のアイディアはこの時、ミヨーから受け継いだものだった。51年、ポール・デスモンドを入れたカルテットを結成。ジャズクラブだけでなく、大学のキャンパスでも頻繁にコンサートを行い、革新的で知性に溢れた彼らの音楽は学生たちから熱狂的に支持され、タイム誌のカバーストーリーに選ばれるほどだった(ジャズ界ではルイ・アームストロング以来二人め)。55年、コロンビア・レコードと契約。59年アルバム「タイムアウト」をリリース。100万枚売れた最初のジャズアルバムとなった。67年、カルテットを解散。68年、ジェリー・マリガンを加えたカルテットを結成。70年代には三人の息子たちをフィーチャーしたバンドを結成。76年、ポール・デスモンドと共にリユニオン・バンドを結成するも77年、デスモンドの死により活動停止した。 80年代以降は新人アーティストとの共演やオーケストラ作品も手がけた。94年にクリントン大統領、2009年にはオバマ大統領から表彰された。2012年、心不全で死去。

<11月6日>
「 Jazz At Oberlin 」
「 Jazz_ Red, Hot And Cool 」
「 Dave Digs Disney 」
「 Newport 1958 」
「 Time Out 」
「 Time Outtakes 」
「 Gone With The Wind 」
「 Brubeck In Amsterdam 」
「 Bosa Nova U.S.A. 」
「 Jazz Impressions Of Japan 」
「 Anything Goes 」

<11月13日>
「 Bravo! Brubeck! 」
「 Blue Roots 」
「 The Last Set At Newport 」
「 We're All Together Again For The First Time 」 [Live]
「 All the Things We Are 」
「 25th Anniversary Reunion 」 [Live]
「 The Quartet 」
「 Late Night Brubeck_ Live From The Blue Note 」
「 Young Lions & Old Tigers 」

11月20日/ピアノ編~エスビヨルン・スベンソン
 64年スウェーデン生まれ。母はピアニスト、父はジャズファンだったが、本人はポップスやロックに夢中になった。高校時代には同級生のマグナス・オストロム(ds)とロックンロール・バンドを結成。音楽学校卒業後にバップ風のデュオで活動。本格的にジャズを演奏し始める。93年、マグナス・オストロム(ds)とダン・ベルグルンド(b)と共にエスビヨルン・スベンソン・トリオを結成。ビル・エヴァンスやキース・ジャレットのようなスタイルのスベンソンと、ロック、ファンクのリズムとの融合、さらにテクノ、エレクトロを加えたサウンドはこのトリオの個性となって、多くのファンを獲得した。2008年、スキューバダイビング中の事故で死去。44歳だった。

<11月20日>
「 When Everyone Has Gone 」
「 Good Morning Susie Soho 」
「 Strange Place For Snow 」
「 Viaticum 」
「 Tuesday wonderland 」
「 Live In Hamburg 」Disc 1.2

11月27日/ピアノ編~デューク・ピアソン
 1932年ジョージア州アトランタ市生まれ。5歳で金管楽器を学んだが、歯の問題でピアノに変更。叔父に楽才を認められ、デューク・エリントンに肖って「デューク」のあだ名をもらう。地元で活動したのち、59年にニューヨークに進出。アート・ファーマー、ベニー・ゴルソンと共演した後、ドナルド・バードのバンドで、ピアニスト、作編曲を担当。63年、ドナルド・バードのアルバム「ア・ニュー・パースぺクティヴ」に収められた「Cristo Redentor」は大ヒットした。同年、ブルーノート・レコードのA&Rに就任。新人の発掘、契約、育成と楽曲提供、アルバム制作を担当した。「60年代のブルーノート・レコードのハードバップ路線の大部分を肉付けをした人物」と評されている。

<11月27日>
「 Profile 」
「 Tender Feelin’s 」
「 Angel Eyes 」
「 Hush! 」
「 Sweet Honey Bee 」
「 The Right Touch 」
「 The Phantom 」
「 Now Hear This 」
「 Merry Ole Soul 」
「 How Insensitive 」
「 Introducing 」
はミュージックバードライブラリーに新しく追加されたディスクです。

11月6日の曲目 13日の曲目 20日の曲目 27日の曲目
※オンエア曲リストは放送後2週間を経過すると削除されます。ご了承ください。