122chTHE JAZZ【Premium】

ターンテーブルの夜


(月~金)23:00~24:00
ターンテーブルの夜
ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜
 時がめまぐるしく進む現代、慌ただしく生きる毎日。そんな日々だからこそ輝きを増すアナログの世界・・・・。長い時を隔てたアルバムの味わいを温かなヴォーカルと共に堪能してください。
 パーソナリティが日米を股にかけて集めたヴォーカル・コレクションの中から選曲、貴重なオリジナル盤も持ち込みます。

アナログでしか出せないジャズ・ボーカルの味わい
10月1日から5日は茂木亮さんが担当します。ヴォーカルとレコードに対する愛着は誰にも負けないという茂木さんの選曲と語りをお楽しみください。(10月8日~26日はアーカイブス放送となります。)

●ザ・ウィンター・オブ・マイ・ディスコンエント/モーガナ・キング
 ニューヨーク州出身でイタリア、シシリー島がルーツのユダヤ人で、オペラ・シンガーを目指していましたが、50年代中頃に、ジャズ・シンガーとしてデビューしています。様々なレーベルにアルバムを吹込み、64年の「蜜の味」のヒットで、ポピュラーな人気を得ます。このアルバムは、そのブレイクの直前にあたる64年に、ユナイテッド・アーティスツの傍系レーベル、アスコットからリリースされたもので、名作曲家のアレック・ワイルダーの作品ばかりを歌った企画盤です。必要最小限に音数を抑えた控えめなコンボをバックに、耳元に迫るようにバラッドを供給する存在感が印象深く、モーガナの隠れた名盤の1枚と言えるのではないでしょうか。

●オーレイ!/ルース・オーレイ
 サンフランシスコ出身で、9歳から声楽を学んだとされ、OL生活を経たのちの51年にベニー・カーターのバンドでデビューしています。その後、ジェリ―・フィールディング楽団を経て、56年にゼファーからデビュー・アルバムをリリースしています。このアルバムは、57年にエマーシーに吹込んだ2枚目のアルバムにあたるLAレコーディングで、ピート・ルゴロのプロデュースの下、ウェストコーストの名だたるミュージシャンがバックを担います。ここでのルースは、お得意の「シンギン・イン・ザ・レイン」以下、スタンダードやジャズ・オリジナルなどの12曲を、バックの強力なサウンドに引けを取らずにパワーを感じさながら歌い通しています。

●コニー・ヘインズ・シングズ/コニー・ヘインズ
 ジョージア州の出身で、10歳の頃から自身のラジオ・ショーを持ち、14歳でNYに進出しロキシー劇場に出演するなど、早くからエンターテイナーとしての才能を開花させます。17歳でハリー・ジェイムズ楽団に入ったのち、トミー・ドーシー楽団に移り、在籍中の2年間にヒット曲も出しています。42年からソロ活動をするようになり、様々なラジオ・ショーや映画に出演するようになります。自身の名義の音源は50年頃からあり、このアルバムは、52年にコラルからリリースされた10インチ盤で、レイ・ブロックのオーケストレーションをバックに、ドーシー時代のヒット曲、「ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン」を含む8曲を、エンターテイナーぶりを発揮しつつキュートに歌っています。

●ザ・ソングズ・オブ・クルト・ワイル/フェリシア・サンダース
 ニューヨーク州出身で、40年代前半からLAのビックバンドで歌うようになり、52年の映画『ムーラン・ルージュの歌』では、パーシー・フェイス・オーケストラと共演し、その後はNYなどを中心にキャバレー・シンガーとして活動し、55年頃から自己名義のレコーディングを残しています。このアルバムは、60年にタイムに吹込んだ音源をメインストリームが再発したもので、タイトルどおりドイツの名作曲家、クルト・ワイルがミュージカル用に作曲した12曲がセレクトされています。フェリシアは、アーヴィング・ジョセフ指揮、編曲による重厚なオーケストラをバックに、伸びのある声を活かし切り、ダイナミックな中にも抑制の効いた歌唱を披露しています。

●ライヴ/デラ・リース
 デトロイト出身で、大学卒業後NYに進出し、アースキン・ホウキンス楽団の専属シンガーに抜擢されます。57年に独立し、ラジオやTVに多数出演するようになり、その後続々と自己名義のアルバムを吹き込み、ポピュラーな知名度を得ています。このアルバムは、66年に移籍したABCパラマウントへの第一弾で、ハリウッドのスタジオでの実況音源です。ピアノのジェラルド・ウィギンズ(p)、ハーブ・エリス(g)、レイ・ブラウン(b)、シェリー・マン(ds)という第一級のウェストコースターを揃え、ビル・ドゲット(org)が作り出すコッテリしたブル-ス・フィーリングに乗り、デラはブルース・ナンバーのほかスタンダードなどを洪水のように繰り出します。

●ラヴィン・イズ・リヴィン・アンド・リヴィン・イズ・ラヴィン/マリアン・モンゴメリー
 ミシシッピー州出身で、父親がホテル経営していたこともあり、早くからビッグ・バンドやジャズ・シンガーと接する機会が多く、ブルース、カントリー、ジャズなど様々なジャンルの影響を受け、ブルース・フィーリングやリズム感を身に着けました。大学時代にTV番組に出演し、その後プロを目指して、NYやラスヴェガスのクラブに出演します。デビューのきっかけは、マリアンのデモテープを聴いたペギー・リーがキャピタルに紹介したことで、そのまま契約につながり、63年にファースト・アルバムをリリースしました。このアルバムは64年のキャピトルへの3枚目にあたり、デイヴ・キャバノーの監修のもと、サイ・コールマン(p)などをバックに、マリアンはラヴソングの数々をハッピーに歌いこなしています。

●ユー・ベター・ビリーブ・ミー/ジーン・ドゥション
 デトロイト出身で、15歳から地元のクラブで歌い始め、18歳のときにはデトロイト音楽院でピアノと声楽を学びました。60年にロイド・プライス楽団とともにNYに進出していますが、「ラウンドテーブル」で歌っていたところを、ラムゼイ・ルイス(p)に見いだされ、64年にアーゴへリーダー・アルバムをレコーディングしています。そして同年末に、ルイス・トリオをバックにアーゴに吹込んだのがこのアルバムですが、ジーンが参加しているのはA面の6曲です。バド・ジョンソン(ts)作曲のタイトルチューンのほかミュージカル・ナンバーやスタンダードなど粒ぞろいの佳曲をアルバム片面に凝縮しグルーヴィーに歌っています。

●ソングズ・フォー・ヒップ・ラヴァーズ/ウディ・ハーマン
 40年代半ば以降、スタン・ケントン楽団と並ぶモダン・ビッグ・バンドの代表的なバンド・リーダーとして知られるハーマン。クラリネットとアルトのプレイヤーでもありますが、このアルバムは1シンガーに徹し、コンボをバックに歌った異色盤です。57年にヴァーヴに吹込まれた2回のセッションによるもので、LAレコーディングではバーニー・ケッセル(g)やジミー・ロウルズ(p)を中心にしたセクステットを、NYレコーディングでは豪華面々から成る大型コンボをバックに、それぞれ6曲ずつ歌っています。ハーマンには、楽団の女性シンガーだったメアリー・アン・マッコークルとのデュエット音源もあり、経歴からも歌好きだったことが窺えますが、どんな歌いっぷりを披露するかご一聴あれ。

●スィンギン・アンド・スウィンギン/ベティ・ローシェ
 デラウェア州ウィルミントン出身ですが、39年にNYに移住するやアポロ劇場でのアマチュア・コンテストに優勝し、42年にエリントン楽団のシンガーに抜擢されます。43年にはカーネギー・ホールで歌い、広く注目を集めました。その後、56年にベツレヘムにファースト・リーダー盤を吹込み、60年と61年にプレスティッジにアルバム2枚を残します。このアルバムはその1枚目にあたり、ビル・ジェンキンス(g)、ジャック・マクダフ(org)、ジミー・フォレスト(ts)といった当時プレスティッジの多くのレコーディングに参加していたメンバーがバックを担っています。ここではスタンダードを中心とした9曲を、バックに溶け込みソウルフルに歌っています。

●グランテド・イッツ・ゴギ/ゴギ・グラント
 フィラデルフィア出身で、その後カリフォルニアに移住し、ハイスクール時代にはいつも優勝する「コンテスト荒らし」となって、プロを目指します。53年のデビュー・シングル、「サドンリー・ゼアーズ・ア・ヴァリー」をヒットさせ、その後も、邦題「風来坊」をヒットさせスターダムにのし上がります。このアルバムは、ジョニー・マンデルが編曲指揮を担う豪華オーケストラによる4回のセッションによる59年のRCAへの吹込みで、ミュージカル・ナンバーを中心とした12曲を歌っています。ダイナミックなサウンドをバックに、ゴギは爽快さを全開にした歌いぶりを見せつけています。

10月1日の曲目 2日の曲目 3日の曲目 4日の曲目 5日の曲目  
※オンエア曲リストは放送後2週間を経過すると削除されます。ご了承ください。

武田清一

出演:武田清一

1970年代にフォークグループ「日暮し」の一員で「いにしえ」という大ヒットを残した武田氏は、アナログレコードの大ファンで、ジャズヴォーカルを中心に3000枚を越えるコレクションの持ち主です。自宅では二つのオーディオを音楽によって使い分け、CDでは得られないアナログサウンドを楽しんでいます。

上原 昇

出演:上原 昇

横浜在住。ジャズを聴き始めたのはハタチの頃から、地元『ちぐさ』によく通いエヴァンスやコニッツなど”白人系”ジャズに酔いしれる。もう一つ『ジャズ批評』から多くを学び、その恩返しをと。ヴォーカル(主に白人系)やボサ・ノヴァ(サンバではない)に神経を集中する日々。中途半端なコレクションはしてないつもり。

茂木亮

出演:茂木亮

1960年5月札幌出身、ピアニスト、スティーヴ・キューンのマニア、完全コレクター(自分が生まれたとき、キューンはコルトレーン4のメンバーだった)で、ジャズ批評誌などにキューン関連の情報を発信している。中野新橋のジャズ喫茶・ジニアスに20年以上通い続け、リスナー、レコード・コレクターとしての極意(?)を習得。高田敬三氏主催の「ボーカルを楽しむ会」では、年に一度ほど例会の案内係を担当。

ターンテーブルの夜
ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

アナログでしか出せないジャズ・ボーカルの味わい
8月27日から31日は茂木亮さんが担当します。ヴォーカルとレコードに対する愛着は誰にも負けないという茂木さんの選曲と語りをお楽しみください。(9月3日~28日はアーカイブス放送となります。)

●ポートレイト・オブ・マイ・ラヴ/スティーヴ・ローレンス
 NYブルックリンの出身のローレンスは、50年代初めごろからシンガーとして活躍し、様々なレーベルからアルバムをリリースしてポピュラーな人気を得ていきます。TVや映画にも多数出演し、57年に番組で知り合ったイーディ・ゴーメと結婚後はデュオ・アルバムも多数残すなど、おしどり夫婦ぶりも広く知られます。本アルバムは、61年にユナイテッド・アーティスツからリリースされた同レーベル2枚目の吹込みで、前作に続きドン・コスタ楽団をバックにつけています。ローレンスはこの前年にABCパラマウントから、全米7位となる「悲しき足音」を放っていますが、ここでのタイトル・チューンもシングル・カットされ、最高全米9位を記録しました。ポピュラー・シンガーとしてのイメージが強くなっていた時期ですが、スタンダードを中心にソフトにスウィングするナンバーを並べ、とても良くできたジャズ・ボーカル盤に仕上げています。

●アビー・イズ・ブルー/アビー・リンカーン
 シカゴ出身のアビーは、10代からダンス・バンドのシンガーとして巡業し、51年に移住したLAで2年ほどクラブ歌手として歌いました。56年に“リンカーン”と名乗るようになり、その年、ハリウッドのクラブ「シロス」に出演中にリバティーと契約し、アルバム・デビューを果たします。翌年にはNYに進出し、57年~59年にリヴァーサイドに3枚のアルバムを吹込みます。このアルバムはその最終作にあたり、59年春と秋の3回のセッションから成り、春のほうはケニー・ドーハム(tp)、ウィントン・ケリー(p)などリヴァーサイド的なメンバーが中心ですが、秋のセッションになると、のちに活動を共にすることになるマックス・ローチ(ds)が率いるメンバーに顔触れが変わります。一部にスタンダードを交えながらも、ブラック・アメリカンとしてのスピリチュアルなルーツを前面に出すアビーの変化が感じ取れます。

●トラブル・イン・マインド/バーバラ・デイン
 デトロイト出身のバーバラは、幼いころから目にしていた様々な人種差別に疑問を持ち、反人種差別運動に積極的に参加します。プロテスト・フォークが盛んになり、それらのユニットでの活動がプロモーターの目に留まり、ドリス・デイのような歌手としてのキャリアを打診されますが、社会活動とブルースやフォークを歌うことを選択しました。このファースト・アルバムは、57年の吹込みで、「サンフランシスコ」というマイナー・レーベルであることが、ポピュラー・シンガーに興味がなかった証になっています。ジャケットには、「これは30年間録音されたことのないような声」と記載されています。主にブルースを素材とする10曲を、ローカル色の濃いブルース・アレンジに乗り、ベッシー・スミスやマ・レイニーといった戦前のブルース・シンガーを思わせる歌いぶりで、キャッチコピーに偽りのないことを立証しています。

●フーレイ・フォー・ラヴ/メイヴィス・リヴァース
 イギリス領西サモアの出身のメイヴィスは、ニュージーランドのクラブで歌ったのちに渡米、58年にキャピトルと契約し3枚のアルバムを残しています。豊かなジャズ・フィーリング、スイング感を生まれつき備え、きらびやかなヴォイスを活かしたナチュラルな歌いぶりは、どんな曲を歌っても強烈な個性を感じさせます。日本ではあまり人気が出ないままですが、その力量が本物であることは、彼女を聴いたフランク・シナトラが自身のレーベル、リプリーズでメイヴィスのレコーディングをしたことからも十二分に窺えます。このアルバムは、60年にリリースされたキャピトルから2枚目で、ジャック・マーシャルによるアレンジのもとで、曲名に「LOVE」が入ったナンバー12曲をスウィンギーに、ムーディに歌いとおしています。

●トミー・ウルフ・キャン・リアリー・ハング・ユー・アップ・ザ・モスト/ボビ・ロジャース
 看護学校の教師を本業としながらシンガー活動をしていたということ以外、詳しいプロフィールは知られていないボビ・ロジャース。80年のデビュー・アルバムがこのアルバムになります。コネティカット州のマイナーレーベル、フォーカスに吹込まれ、インティメイトなピアノ・トリオをバックに歌っています。タイトルどおり、作曲家&弾き語り男性シンガーのトミー・ウルフへのトリビュート盤で、収録10曲はすべて、ウルフのオリジナルです。ピアノにからみつくようなところなどは、ブロッサム・ディアリーを思わせる愛嬌を感じさせ、ジャッキー&ロイに通ずる軽やかさから洗練感が漂います。本業の影響か?癒し感のあるあたたかさで語りかけられるようなに歌いかたも特長的で、ブロッサムやボブ・ドロウなどのようなユーモラスな面も伝わってきます。

●レター・フロム・ホーム/エディ・ジェファーソン
 ペンシルベニア州ピッツバーグ出身のエディは、歌手やダンサー活動しながら33年のシカゴ万博に出演し、そこで身に着けたスキャットでコールマン・ホーキンス(ts)やレスター・ヤング(ts)らのソロを歌い、注目されました。52年の初レコーディングから57年まではジェームズ・ムーディ(ts,fl)のバンドでボーカリスト兼マネージャーを務め、ジャズの楽曲の楽器のソロ・パートに詞をつけ歌うヴォーカリーズの元祖と呼ばれるようになり、さらにスタンダード・ナンバーをインスピレーションにしたがって即興で歌うことも試みました。このアルバムは、61年から62年にかけてリヴァーサイドに吹込んだもので、全曲がヴォーカリーズではありませんが、アーニー・ウィルキンスのアレンジの下で、クラーク・テリー(tp)やジョニー・グリフィン(ts)、ウィントン・ケリー(p)などとかけ合いも披露するエンターテイナーぶりを発揮しています。

●フォー・スウィンガーズ・オンリー/ロレツ・アレクサンドリア
 シカゴ出身のロレツは、幼少のころから教会で歌う環境で育ちましたが、ゴスペル臭的な泥臭くはなく、垢抜けしたムードが感じられるシンガー像を確立します。やや白人ライクに聞こえるクールさを備えたハスキー・ヴォイスが魅力で、50年代後半から60年代半ばにかけてのキング、アーゴ、インパルスなどへの10枚ほどのアルバムを眺めると、年を重ねるごとにブルース色が薄まり、ジャズ・フィーリングが色濃くなることが窺えます。このアルバムは、63年に吹込まれたアーゴへの4枚目となるアルバムで、アーゴのハウス・ピアニスト、ジョン・ヤングを中心とするトリオに、一部でテナーやギターが加わります。比較的知られたスタンダードのほか、映画音楽のナンバーなど8曲を、タイトル通りスウィンギーに歌い上げています。

●シングズ・ガーシュイン&ポーター/リー・ワイリー
 オクラホマ州出身のリー・ワイリーは、15歳でNYに進出し初レコーディング、その後40年代にかけて、様々なレーベルに幾多のレコーディングを残しています。ミルドレッド・ベイリーと並ぶ白人女性ジャズ・シンガーの草分けというべき大物です。50年代に入ると表立った活動が減っていきますが、30年代から40年代の多くのSPレコーディングに、リーの真骨頂が刻まれていることに疑いの余地はありません。このアルバムは、日本ビクターが72年に企画した編集盤で、39年から40年頃のSP音源をコンパイルし、A面にジョージ・ガーシュインのナンバー8曲、B面にコール・ポーターの8曲をそれぞれ収めています。2人の大作曲家による有名曲にとどまらず、あまり知られていない曲も多く取り上げられていて、リー自身も好きだったという2人の作曲家への敬意が歌いぶりからも伝わってきます。

●レット・イット・ロール/アーネスティン・アレン
 イリノイ州出身のアーネスティンは、46年に初レコーディング、47年からラッキー・ミリンダー楽団のシンガーを務めています。ミリンダーがアラバマ州アニストン出身だったこともあってか、その当時はアニスティンと名乗っていました。「レット・イット・ロール」や「アイル・ネヴァー・ビー・フリー」などをヒットさせ、退団後の55年には「フジヤマ・ママ」をヒットさせたころは、NY市内の病院で会計係をしながらたまにクラブなどで歌っていたようです。このアルバムは、61年にプレスティッジの傍系ブルース・レーベル、TRU-SOUNDに吹込まれたもので、「ベイビー・グランド・カフェ」で共演していたキング・カーティス(ts)の強いプッシュがレコーディングにつながったようです。A面の得意とするブルースナンバーで真骨頂を魅せますが、スタンダードもイメージ以上にスマートに歌いこなしています。

●マイ・フーリッシュ・ハート/ドナ・フラー
 カンザス州ケンブリッジ出身のドナは、幼少時代を過ごしたカリフォルニア州で3歳ごろからエンタテインメント活動をしていたとされます。18歳のときにコンテストで優勝を果たしますが、芸能界には進まず、オペラ歌手としてのトレーニングを5年間重ねたのちにジャズ・シンガーの道に進んだ―という経歴からも、かなりストイックな姿勢が窺えます。以前ドナのUA盤を紹介しましたが、ドナというと、この57年のリバティー盤がイメージされるほど、ジャズ・ボーカル愛好家にはこの1枚でドナの存在が知られています。デビュー・アルバムとはいえ十二分に基礎ができているので、独特のハスキー・ヴォイスを活かした歌唱がリスナーに強く訴えてきます。

8月27日の曲目 28日の曲目 29日の曲目 30日の曲目 31日の曲目  
※オンエア曲リストは放送後2週間を経過すると削除されます。ご了承ください。
武田清一

出演:武田清一

1970年代にフォークグループ「日暮し」の一員で「いにしえ」という大ヒットを残した武田氏は、アナログレコードの大ファンで、ジャズヴォーカルを中心に3000枚を越えるコレクションの持ち主です。自宅では二つのオーディオを音楽によって使い分け、CDでは得られないアナログサウンドを楽しんでいます。

上原 昇

出演:上原 昇

横浜在住。ジャズを聴き始めたのはハタチの頃から、地元『ちぐさ』によく通いエヴァンスやコニッツなど”白人系”ジャズに酔いしれる。もう一つ『ジャズ批評』から多くを学び、その恩返しをと。ヴォーカル(主に白人系)やボサ・ノヴァ(サンバではない)に神経を集中する日々。中途半端なコレクションはしてないつもり。

茂木亮

出演:茂木亮

1960年5月札幌出身、ピアニスト、スティーヴ・キューンのマニア、完全コレクター(自分が生まれたとき、キューンはコルトレーン4のメンバーだった)で、ジャズ批評誌などにキューン関連の情報を発信している。中野新橋のジャズ喫茶・ジニアスに20年以上通い続け、リスナー、レコード・コレクターとしての極意(?)を習得。高田敬三氏主催の「ボーカルを楽しむ会」では、年に一度ほど例会の案内係を担当。

ターンテーブルの夜
ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

ターンテーブルの夜

アナログでしか出せないジャズ・ボーカルの味わい
7月30日から8月3日は茂木亮さんが担当します。ヴォーカルとレコードに対する愛着は誰にも負けないという茂木さんの選曲と語りをお楽しみください。(8月6日~24日はアーカイブス放送となります。)

●ティル・ジ・エンド・オブ・タイム/ジャン・ピアース
 ジャン・ピアースは、30年代半ばごろから半世紀にわたり世界的に活躍したNY出身のテノール歌手です。多彩なレパートリーをこなし、50年代後半ごろからはオペラだけでなく、ブロードウェイやTV番組『エド・サリヴァン・ショー』に進出するなど、エンターテイナーぶりを発揮します。このアルバムは64年にユナイテッド・アーティスツからリリースされたもので、以前紹介したUAへの1枚目はミュージカル・ナンバーを素材にしたものでしたが、ここではクラシックが原曲のナンバーをセレクトしています。リロイ・ホームズによる重厚なオーケストラ・サウンドをバックに、ショパンの「ポロネーズ」として知られるアルバム・タイトル・ナンバーやボロディンの「韃靼人の踊り」が原曲の「ストレンジャー・イン・パラダイス」などを、ピアースは圧巻なまでに歌い上げています。ピアースは58年4月に、第1回大阪国際芸術祭(のちの大阪国際フェスティバル)に来日したとされていますが、80年間の生涯の大部分をNYで活躍し、亡くなったのもニューヨーク州という生粋の「ニューヨークっ子」だったことになります。

●ジ・アメリカン・ガール・フロム・パリ/ジェーン・モーガン
 ジェーンはマサチューセッツ州出身で、幼い頃からオペラ歌手を目指していましたがジュリアード音楽院を出たのちに渡欧、そして帰国した56年のデビュー・アルバムとなったのがKAPPからのこのアルバムです。60年代になると、ポピュラーシンガーというよりショーシンガーとして大量のアルバムを残し、威勢のいい歌いっぷりを聞かせますが、50年代のキャリア初期の数枚にジャズボーカルらしい瑞々しさが味わえます。ここでは甘美なストリングスをバックに、スタンダードのほかシャンソン・ナンバーなどで一部フランス語を交えて歌い、リスナーを引き込んでいく魅力を持った1枚と言える出来になっています。今回ジェーンのアルバムを選ぶにあたり、60年代の数枚を聴き直しましたが、やはり威勢が良すぎて難しいと思いました。ジェーン・ファンのかたには申し訳ありませんが。

●スウィート・トーク/キティ・ホワイト
 キティ・ホワイトはロスアンジェルス出身で、音楽一家の双子の姉妹として育ち、シンガー、ピアニストとして活動するようになります。49年のレコーディング・デビュー後も、ハリウッド映画のOSTに起用されたなど、本人はジャズ・シンガーにこだわっていなかったのでしょう。かのレナード・フェザーも、「ジャズ・ミュージシャンをバックに歌ったアルバムもあるが、ジャズ・アーティストとはいえない」としています。さて、このアルバムは、そんな「ジャズ・ミュージシャンをバックに歌ったアルバム」の1枚で、ピアノにジミー・ロウルズ、アルトにベニー・カーター、トランペットにハリー・スウィーツ・エディソン、ヴァイブにラリー・バンカーなど、ウェストコーストの一流ミュージシャンが参加した58年のルーレットへの吹込みです。ここでは、少しトロピカルなアレンジで歌う切ないラブソングなどがキティの持ち味に上手くはまったと言えるようです。これ以前のキティのパシフィックやエマーシーのアルバムでも、ジャズ・ミュージシャンがバックについていますが、彼女の歌い方はジャズ的ではないと決めつけるには少し抵抗がありますね。

●ザ・ピープル・ザット・ユー・ネヴァー・ゲット・トゥ・ラヴ/スザンナ・マッコークル
 スザンナはカリフォルニア州バークレー出身で、大学卒業後は主に通訳や詩作などの活動をしていて、歌うようになったのはイギリスに渡ってからのことでした。70年代後半のレコード・デビューもイギリスからでしたが、広く知られるようになるのは、アメリカのコンコードから次々にアルバムをリリースするようになる80年代末ごろからでしょうか。このアルバムは、81年にインナー・シティに吹込まれたもので、デビュー当初からのパートナーであるピアノのキース・イングラムらによるインティメイトなカルテットがバックを担っています。デビュー盤はジョニー・マーサーの、その後もハリー・ウォーレンなどのソングブック・アルバムが続いていましたが、ここでは、ポップ・シンガーやジャズメンを含む様々なライターの、盛沢山なナンバー14曲を取り上げ、変身ぶりをアピールといったところでしょうか。後にコンコードの専属となってからは続々とアルバムをリリースし、2000年にレーベル10枚目のアルバムをリリースするなど順調そうに思われましたが、その翌年の飛び降り自殺はショッキングな結末でした。

●シェ・ワールバーグ・パート・ワン/ブロッサム・ディアリー
 ブロッサムはヨーロッパとアメリカを又にかけた60年代の活躍を経て、73年に自らのレーベル、「ダッフォディル」をスタートさせています。最小限のリズムをバックに、自身のオリジナルなどをピアノの弾き語りで聞かせるスタイルを定着させ、ライブ盤を含むアルバムを、ブロッサムは順調にリリースしてきました。このアルバムは、ダッフォディルからの9枚目となる85年のレコーディングで、SF在住の友人、ディック・ワールバーグのスタジオでの彼女の2度目の吹込みです。ジャケットに大きく写るように、スタジオには素晴らしいスタインウェイ&サンズのピアノがあり、ここでは自身のピアノだけで、主に友人が作曲したあまり馴染みのない曲を中心とする16曲を歌います。当時近くに住んでいたというマーク・マーフィーが2曲でデュエットしているところもアクセントになっています。ジャケット裏には、「パート2」も制作中であるという記載がありますが、残念ながらそちらは陽の目を見ることなく、ブロッサムは次のプロジェクトに取りかかっています。

●スィングズ・フォー・ウィナーズ・アンド・ルーザーズ/マリアン・モンゴメリー
 マリアンはミシシッピー州出身で、父親がホテルを経営していた環境もあり、ビッグ・バンドやジャズ・シンガーと接しながら、ブルース、カントリー、ジャズなどの影響を受け、ブルース・フィーリングやリズム感を身に着けました。大学時代にアトランタのTV番組に出演し、プロのシンガーを目指し、NYやラスヴェガスのクラブに出演します。そして、彼女のデモ音源を聴いたペギー・リーがキャピタルに紹介したところ、そのまま契約となり、63年に吹込まれたのがこのアルバムです。ここでは、ピアノとオルガンのディック・ハイマンをリーダーに、トランペットにジョー・ニューマン、テナーにサム・テイラー、ギターにケニー・バレルなどの大物もサポートし、ややポップな風味のサウンドに乗ってブルース・ナンバーやボッサ、スタンダードなどを難なく歌いこなすマリアンが何とも痛快です。マリオンは65年にイギリス人ピアニスト、アレンジャーのロージー・ハロウェイと結婚しイギリスに渡り、その後は現地で大活躍することになります。

●スピーク・ロウ/ボズ・スキャッグス
 70年代後半からポップシーンに君臨し、「ウィ・アー・オール・アローン」や「ロウダウン」などの大ヒット曲でも有名なAORの雄ことボズ・スキャッグスは、90年代以降も露出の機会は減っても、ポッポファンにその名は知れ渡っています。そのボズが03年にジャズ・ボーカル・アルバム、『バット・ビューティフル』をリリースしたときには、ジャズファンの注目も集めましたが、08年にデッカに吹込んだ2枚目のジャズ・ボーカル・アルバムが、このアルバムです。本人によると、アルバムは「ギル・エヴァンスの発揮したアイデアのように進歩的で実験的な奮闘」で、「ヴォーカリストとして、ブルースやR&Bを主なバックグラウンドにしてきたけれど、今回は違った方法で声を使った」としています。ピアノのギル・ゴールドスタインのコンボを中心とする節度のあるサウンドをバックに、スタンダードやボサナンバーを、一時は世界中を席巻したあの声で歌います。最近では2015年にも来日しているボズですが、もちろんジャズ・シンガーとしてではありません。ジャズ・ボーカル・ファンとしては、ジャズ・シンガーとしてのステージを見てみたいところですが。

●シングズ・ザ・ブルース/ファニタ・ホール
 ファニタ・ホールはニュージャージー州出身で、女優としての活動が知られますが、それ以前から自身のコーラス・グループも結成していました。49年にミュージカル『南太平洋』に出演しブラッディ・メアリー役を演じて知名度を上げ、グリニッジ・ヴィレッジのクラブに出演するようになるや、舞台で歌っていた曲をそのまま歌うなどしました。50年に黒人初となるトニー賞ミュージカル助演女優賞を受賞、54年にはミュージカル『花の家』に出演しています。このアルバムは、57年にカウンターポイントに吹込まれ、タイトルどおりブルースなどを素材に12曲を歌っています。ピアノのクロード・ホプキンスをリーダーとする伴奏陣には、テナーのコールマン・ホーキンス、クラリネットのバスター・ベイリー、トランペットのドク・チータムなど錚々たるメンバーが参加し、ファニタのブルース・フィーリングを引き立てています。ファニタはこの翌年に、映画版の『南太平洋』でブラッディ・メアリー役を再演しています。

●サンデイ・メロディ/フリーチャ・カウフェルト
 フリーチャは、オランダ、ロッテルダムの出身で、59年のプロ・デビュー後に、国内のビッグ・バンド、ザ・スカイマスターズに加わりました60年に西ドイツに移住後は、ベネチア音楽祭、コンテストなどへの出場で名をあげ、60年代初めにかけ多くのシングル盤を出しています。このアルバムは、64年に西ドイツ・コロンビアからリリースされた事実上のファースト・アルバムにあたり、オーケストラをバックに12曲をドイツ語で歌っています。20代前半ながら、ハスキーがかった声を活かすクールな歌いぶりがすでに完成され、バックの編成に合せ歌いかたを微妙に変化させる巧みさやスケール感を身に着けていることも存分に感じ取れるのではないでしょうか。なお、『ジャズ批評』2018年5月号で「ジャズ・ヴォーカル・イン・ヨーロッパ」という特集が組まれましたが、その中でこのアルバムを紹介させていただきました。

●ダイナ!/ダイナ・ワシントン
 ダイナは、ライオネル・ハンプトンのバンド・シンガーに抜擢された43年ころから、63年に亡くなるまで歌手活動を続けました。46年に契約したマーキュリーには、その後約15年に渡る膨大なレコーディングを残し、スタンダードやポピュラーも多く録音しています。ています。「ブルースの女王」として知られますが、実際には意識して?純正ブルースのフィールドとは少し距離を置いたのか、結果的にジャズ・シンガーとしての功績のほうが大きく残りました。このアルバムは、55年のマーキュリーへの吹込みで、ピアノのウィントン・ケリーらが参加するハル・ムーニーのオーケストレーションのもと、ここでは当時のヒット曲やスタンダードを取り上げ、ブルース・ナンバーは歌っていません。それでも、曲の中で垣間見せるブルース・フィーリングがエッセンスとなり、ダイナらしさをいやでも強調しています。ダイナは、一声聴いただけでそれと分かる特長あるヴォイスとフレージングを持っていますが、アクの強くないこのアルバムなどは、ダイナ入門者に安心して勧められる1枚です。

7月30日の曲目 31日の曲目 8月1日の曲目 2日の曲目 3日の曲目  
※オンエア曲リストは放送後2週間を経過すると削除されます。ご了承ください。
武田清一

出演:武田清一

1970年代にフォークグループ「日暮し」の一員で「いにしえ」という大ヒットを残した武田氏は、アナログレコードの大ファンで、ジャズヴォーカルを中心に3000枚を越えるコレクションの持ち主です。自宅では二つのオーディオを音楽によって使い分け、CDでは得られないアナログサウンドを楽しんでいます。

上原 昇

出演:上原 昇

横浜在住。ジャズを聴き始めたのはハタチの頃から、地元『ちぐさ』によく通いエヴァンスやコニッツなど”白人系”ジャズに酔いしれる。もう一つ『ジャズ批評』から多くを学び、その恩返しをと。ヴォーカル(主に白人系)やボサ・ノヴァ(サンバではない)に神経を集中する日々。中途半端なコレクションはしてないつもり。

茂木亮

出演:茂木亮

1960年5月札幌出身、ピアニスト、スティーヴ・キューンのマニア、完全コレクター(自分が生まれたとき、キューンはコルトレーン4のメンバーだった)で、ジャズ批評誌などにキューン関連の情報を発信している。中野新橋のジャズ喫茶・ジニアスに20年以上通い続け、リスナー、レコード・コレクターとしての極意(?)を習得。高田敬三氏主催の「ボーカルを楽しむ会」では、年に一度ほど例会の案内係を担当。