音楽コラム「Jazzのススメ」


2006年05月/第28回 スウィングの王様

やぁ、諸君。元気かね、我輩も元気だ。せっかくだから元気の秘密を明かすことにしよう。桔梗21年根エキスという韓国産の薬草を飲んでいるのだ。 色といやぁ、黒茶色の不吉な色をしているし、味ときたら汚濁したドブ水のごとし。しかし、これが効くんだな。
放送のときなど、これをその前にグビリとやるとたちまちハイテンションになって、自分でも歯止めが利かない。

物を書くとき、いつもは第一人称は私だが薬草の効果で自分でもあっと驚く、我輩などとなるから恐れ入る。げに恐るべき桔梗21年根である。

さて、そんなテンパった状態で我輩は「コットン・クラブ」へ行ってきた。

「コットン・クラブ」へ行かずにジャズ・ファンと言えるか、都会人と言えるか。そんな気持ちもあったな。晴れて我輩は都会の人となったのである。

出し物はステイシーケントと旦那のジム・トムリンソンのおしどりコンボであった。
私はステイシーケントを10年ほど前にエジンバラのジャズ・フェスで観ている。
そのときの芸人度の高さとスタイリングの高級さにガーンと一発打ちのめされたが、
さて、10年後の彼女はいかに?

ああ、よかった。美人度のほまれ高さもスタイルの抜群度も健在であった。さらに良かったのはエジンバラの時よりトークや物腰が打ち解けていることであった。

なんとピアノの脇に紅茶セットが用意されている。歌い終わると早速ポットから真っ白のカップにお茶を注ぐ。 その注ぎ方、喫し方、カップの置き方、一切の仕草が可愛い。色気がある。我輩はひたすら、もううっとり眺めるしか方法がなかった。 よし、帰ったら今日は紅茶だ。

旦那のテナーサックスがソロを開始する。イエイなどと合いの手を入れるのである。
小柄な身体でステージ狭しと歩き回り、まるで妖精か踊る人形かと言った塩梅だ。 我輩は物の見事に乗せられていた。首は左右に動き、足はバタバタ、自分でもあっけにとられるほどのビッグスウィング。
我輩は客席、外周のカウンターにいた。真ん中の客席を一望できる。
なんと、我輩ほど大きな動きを示している人は誰もいない。 我輩は客席におけるスウィングの王様になったのである。

しかし、これを喜んでばかりいられるか。ステージのハイ・テンションと客席のローテンション。そのあまりの隔たりの大きさに愕然としたのであった。

真剣に効く、それよりも気さくに楽しむ。こういう方向に日本の聴衆は徐々に確実に持ってゆかないとまずいんじゃないか。
聴くのはCDだ。ライブはビジュアルで楽しむものだ。そういう切り替えが必要な時期が来たのである。

なるべく沢山ライブに通う。少しずつ身体を動かしてゆく。時には思い切ってイエイの一語を放ってみる。
いつか必ず慣れる。ビートに乗せて身体を揺らせる日がくる。
恥ずかしくて、照れくさくて、銅像のように動かなかった我輩が、どうだい!今はライブにおけるスウィングの王様になったのだ。

諸君の健闘を祈るや、切である。
ご紹介のCDにはその時の楽しさがいっぱい詰まっている。ハイテンションの私は楽屋に押しかけ、 サインをせがみ、首尾よく入手したのであった。

寺島靖国(てらしまやすくに)
1938年東京生まれ。いわずと知れた吉祥寺のジャズ喫茶「MEG」のオーナー。
ジャズ喫茶「MEG」ホームページ