音楽コラム「Jazzのススメ」


2008年08月/第55回 「アメリカかぶれ」が治らない

 「ジャズを聴き始めたのは」「オーデイオ道楽にはまったのは」と何回も尋ねられる。

番組で話したり雑誌にも書いたが、答えが同じであったことはない。というのも、その場の雰囲気で返答しているから。正直なところ気がついたらジャズとオーデイオの虜になっていたというわけで「その切っ掛け」など「ある日突然」来るわけがない。

 漠然と覚えているのは、中学生から高校生時代にかけて「アメリカかぶれ」が始まったらしい。その後遺症が60年も続いて「ジャズとオーデイオ」に残ってしまった。

 アメリカからプロ野球のチーム「シールス」がコカコーラとともに日本に上陸したのは1949年、当時ジャズ演奏は進駐軍キャンプ内に留まっていた。ただひとつFEN放送でダンス音楽が鳴っていたのを覚えている。毎週日曜日の昼12時から始まる番組「Twelve O'clock Noon」はレス・ブラウンのバンド・オブ・リナウンの軽快なテーマ曲「Leap Frog」が幕開けであった。

 中学校へは中央線国分寺駅から徒歩で30分ほどかかったが、府中街道に出ると直ぐに道は切通しになっている。そこにぽつんと古本屋が建っていた。朝はガラス戸が閉まっているが学校からの帰りには必ず寄った。店先のりんご箱にアメリカの古雑誌が詰められて置いてある。近くの府中や横田の米軍基地からごみとして放出されたものであった。手当たり次第に雑誌をめくって1時間ばかり道草する。クルマや食品、台所用品から下着など目をみはる鮮やかなカラー広告ページに見とれているうちにレコードや映画の紹介コラムに気がついた。ジェリー・マリガンの名前を初めて

知って何故か記憶に残り、やがてキャピトルのSP盤「Walking Shoes」を初めて買うことになる。「アメリカかぶれ」の発端でもあった。

 当時レコードプレーヤー単体の完成品は販売されていないので自作するしかなかった。それを5球スーパー真空管のラジオにつないでSP盤を鳴らす。スピーカーだけをラジオから外して大型の木箱にマウントするなど工夫を凝らす。こうしてジャズとオーデイオの面白さにとりつかれた。

 ジャージーなビッグバンドを気持ち良く鳴らすのがオーデイオの極意で、その理由はセンスよく編曲されたパワフルな集合サウンドとその間にキラリと輝く短めのソロの対比を再生することだと思う。そこでレス・ブラウンはじめクロード・ソーンヒル、ハーブ・ポメロイそれにマーティ・ぺーチのスタジオバンドを聴くことが多い。

 1944年、レス・ブラウンと無名のバンド歌手ドリス・ディは一夜にして有名になった。海外のアメリカ兵隊向けに放送された「Sentimental Journey」が望郷の夢とともに士気を鼓舞したという。この録音テープは近年CDに復刻されてthe swing factoryレーベルで発売となった。今もアメリカではレス・ブラウンの人気は続いているのかCD時代になり次々と復刻されている。最新デジタル技術、24ビット・リマスタリングされた「BEST OF CAPITOL YEARS」など音質と選曲が素晴らしい。ヒット曲になった「I've Get My Love To Keep Me Warm」をはじめ「Leap Frog」など25曲が全盛期のノリで収録されている。もう1枚は「THE COMPLETE SONG BOOK」ここではフランク・ロッソリーノ、ズート・シムス、バディ・デ・フランコ、テリー・ギブスのアドリブも随所に聴ける。

 ジャズはリラックスして聴くに限るのでテネシー生まれのウイスキー「ジャック・ダニエル」は欠かせない。これで「アメリカかぶれ」は今夜も目出度く総仕上となる。

長澤 祥(ながさわ しょう)
1936年生まれ。オーデイオメーカー数社を経て、日本オーデイオ協会事務局長を15年務める。