音楽コラム「Jazzのススメ」


2008年10月/第57回 長生きの素

今回は、「ジャズはクインテットだ」、という話です。

クインテットとは何でしょう。言うまでもなく“五重奏団”です。では五重奏団は何かと言うと、トランペットとテナー・サックス(あるいはアルト・サックス)にプラス、ピアノ・ベース・ドラムスのいわゆるリズム・セクションを加えたジャズ演奏の形式です。

例えば、有名なところでブルーノートではソニー・クラークの「クール・ストラッティン」、プレスティッジはマイルス・デイヴィスの「クッキン」「リラクシン」など一連のマラソン・セッションは全てクインテット形式で演奏され好評を拍しました。

時代の寵児的役割りを果たしたんですね。

と言うと、では、マイルスの「カインド・オブ・ブルー」の「セクステット」はどうなんだ。あれだって同じようにジャズの黄金期を築いた立派な要因的形式だろう。そう喰ってかかってくる人もいるかも知れません。

違います。「セクステット」はクインテットを根にして発生した一つの派生的ジャンルに過ぎないのです。もう一度言うと、あくまでプラス・アルファー。

クインテットは一世を風靡しました。私のジャズ喫茶など、来る日も来る日もクインテット物のリクエストが殺到して仕舞いにはもう、うんざり。

ジャズ喫茶はジャズ界の縮図ですから、ジャズ喫茶でうんざりなら、ジャズの世の中も同様で、急速にクインテットは飽きられていったのです。

それから何十年。クインテットは存在はしましたが、それは気の抜けた老人性のクインテットだったり、妙に観念的なものだったり。

ところが、2000年代もここに来て、活きのいいクインテットが出現し始めたじゃないですか!

本日ご紹介の「Five For Fun/High Five」もその1枚なのですが、彼らはクインテットを以前とは別物として捉えて演奏しているんですね。それは一口で言えば、“クインテットは格好いい”。格好良さをリスナーに見せたくて俺たちは演奏していいんだ。格好良さを存分に聴いてくれ。・・・彼らの主義主張はその一言に尽きるのです。

以前のように長々延々とソロをとったりはいたしません。そんなのは格好悪いのです。ダサイのです。ソロは短めにとり、トランペットとテナー・サックスの2人による主題の合奏。そこに意を注ぐことを至上命令といたしました。もちろん格好いい曲を書くことを忘れてはおりません。そして、リズム・セクションには本能のおもむくまま、弾けるような演奏を施すよう指示したのです。

ビシバシとしたクインテット。私など古臭さの象徴のように従来のクインテットを捉えていましたが、考え方を変えるとこんな風にまったく別種のもののように聴こえてくるんですね。

大手レコード店でこのクインテット盤が入口一杯に飾ってありました。店の人に訊いてみると、20代・30代の若い人に聴いてもらいたいんだと。むしろ昔のジャズを知らない人々がターゲットになるんだと。50代・60代の旧人はピアノ・トリオに淫していればいいんだと。

おいおい、冗談も休み休み言ってくれ。こちとらロートルを下に見てもらっては困る。ロートルだって活きのいいものは分かる。ロートルだからこそ活きの良さがはっきりと感じられるのだ。これまで何十年間、干物みたいなクインテットばっかりだったから聴かなかっただけの話ではないか。いや、実にいいのが出て来た。

このクインテットの音楽にストローを突っ込んでエキスを吸って吸血鬼のように生き長らえて行きたいものである。

寺島靖国(てらしまやすくに)
1938年東京生まれ。いわずと知れた吉祥寺のジャズ喫茶「MEG」のオーナー。
ジャズ喫茶「MEG」ホームページ